【早稲田大学社会科学総合学術院教授・山田満さん】投票が「平和な日常」をつくる

感情こそが人を動かす

――一方、日本では投票率の低さが問題視されています

なかなか胸を張れない状況が続きますね。ただ、日本は国としての成長期を過ぎて、成熟期にあるという意味では、前述の東ティモールなどとは状況が違います。「現状に満足はできないが私一人の投票では、政治に変化を求めることはできない」「そもそも政治に期待していない」といった心理が表れているように思います。ただ、日本の状況は今、転換点に差しかかっているのではないかと感じます。

昨今、政治家の裏金問題をはじめとした醜聞が連日のように報道されています。一方で、円安と物価高がじりじりと進み、賃金上昇率がそれに間に合わず、生活に厳しさを感じている人が増えたという調査結果を目にする機会も増えました。また、国際社会の現状に不安を感じている若者も多くなっていると感じます。私は、感情こそが人を動かすと考えています。日々、一生懸命働いているのに、生活は苦しくなるばかり、果たして私の国は安全なのだろうか――そうした怒りや不安に突き動かされた人々が、政治による社会の変革を期待して一票を投じることで、現状は変わっていくのではないかと見ています。

――世間には自分の一票では何も変わらないと考える人も少なくないようです

確かに、一度の選挙で劇的な変化が起こるかと言われれば、それはなかなか難しいかもしれません。ただ、雨粒が大河となって海に注ぐように、投票行動を通じて自分が大河の一滴になる、この国の一員として政治に参画していくのだという動機づけが大事ではないでしょうか。

また、国政を中心に政治を見ていくと、どうしても日常生活とかけ離れたもののように感じる人もいると思います。まずは、身近な問題を糸口に考えてみてはどうでしょうか。例えば、「毎月、年金保険料を払っているけれど、将来、自分は給付を受けられるのだろうか?」とか。こうした疑問をそのままにせず、国民が納得できる形に修正し、きちんと説明責任を果たすのが政治です。素朴な疑問を一つ一つ掘り下げていくと、国の予算配分に目が向いたり、税制の在り方を考えたりと、問題意識を持つ分野も自然と広がっていきます。これを足がかりに、自分が重視する政策や主張を掲げる政治家に投票することで、自らが理想とする社会に一歩一歩近づいていくのではないでしょうか。

――一票を投じる。その積み重ねに意味があるのですね

そうですね。実は最近、選挙監視団の活動やフィールドワークで海外の人と触れ合って気づいたことがあります。現地の人々に、日本について知っていることを尋ねた時、「第二次世界大戦以降、戦争をしていない国」「平和憲法を持つ国」と語る人が少なくないということです。

1970年代、大学生だった私は、バックパッカーとしてアジア各国を巡りました。当時は、私が日本人だと分かると、日本の家電や自動車メーカーの名前を出して話を盛り上げてくれる人ばかりでした。きっと彼らは、第二次世界大戦で敗戦して焼け野原のようになった日本が奇跡的な経済成長を遂げる姿を見て、自国の理想の将来像を当時の日本に重ねていたのでしょう。

時は流れ、日本の経済成長に陰りが見え始めた頃から、そうした声を耳にする機会は減りました。それでも、今なお、彼らの心には「日本は平和な国なんだ」というイメージが浸透しているのは、すごいことだと思うのです。特に、戦争や紛争を実際に経験した人々は、命の危険を感じることなく、安らかに日常を過ごせる状態を「理想的」と表現していたことが忘れられません。「日常生活が送れることが平和なのです!」と。

こうした日本のイメージは、第二次世界大戦以降、長い年月をかけて日本が各国と良好な関係を築いてきた努力のたまものです。そうした国であり続けられたというのは、私たちが選挙で一票を投じてつくり上げてきた政治の結果でもあります。平和を後世にも引き継ぐために、有権者である私たち一人ひとりが政治に意識を向け、責任を果たしていきたいものです。

プロフィル

やまだ・みつる 1955年、北海道生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授。専門は国際関係論、国際協力、平和構築、東南アジア政治。国連UNHCR協会理事、JICA専門家、外務省ODA評価主任などを担う一方で、紛争後国家の国際選挙監視員としての活動に従事。今年2月には、緊急人道支援学会の会長に就いた。著書に『国際協力入門 平和な世界のつくりかた』(玉川大学出版部)など多数。