【東京大学学生・庭田杏珠さん】戦争を自分事にする「記憶の解凍」

庭田さんのカラー化写真は、全国各地で展示されてきた。4月22日までは、聖心女子大学(東京・渋谷区)の展示スペース「BE*hive(ビーハイブ)」で見られる

五感を通して伝えたい

――アプリの開発や写真集、楽曲の制作など、幅広い活動に取り組まれていますね

「『記憶の解凍』ARアプリ」の制作は、広島の被爆証言をデジタル地球儀上に表示したウェブサイト「ヒロシマ・アーカイブ」を見たことがきっかけでした。デザイン性に優れた素晴らしいツールなのですが、同世代の友人たちはあまり活用していませんでした。戦争や平和に関心がない人にも、もっと活用してもらいたい、そんな思いが湧きました。

そこで、私たちが制作したアプリでは、平和記念公園を歩きながら、中島地区の街並みを想像してもらえるようにしました。被爆前と現在の地図、白黒とカラー化した写真がそれぞれ見比べられるようになっていて、現地だけで使えるAR(拡張現実)モードもあります。

また、視覚的に戦争を捉えてもらえるよう、写真集を出版しました。聞くことを通して平和への思いを深めてほしいと、「Color of Memory~記憶の色~」という楽曲も作りました。広島出身のシンガー・ソングライター、HIPPYさんとのつながりの中で、写真と音楽のコラボレーションをしたいという話から、ピアニストのはらかなこさんが作曲、私は初めて作詞とコーラスにも挑戦しました。このミュージックビデオには濵井さんも出演し、「今でも平和公園の地面の下に家族が眠っている」という事実を、達富航平さんが表現してくださいました。

こうした“アート”を通して発信するのは、戦争の記憶や平和の大切さを、五感を通して心に響かせて伝えることが大事だと思うからです。そのためにも、いろいろな表現方法を探究しながら、これからも伝え続けたいです。

――「記憶の解凍」を続ける中で、大切にしていることは何ですか

戦争体験者の「想(おも)い・記憶」を未来に継承することはもちろん、その方々に喜んでもらうことを大切にしています。高校時代、被爆者の方に原爆投下後のお話を伺おうとしたところ、その方が体調を崩されてしまったことがあります。体験を話すことが、どれだけ本人の心の負担になっているのかを実感しました。一方的に証言をお願いするのではなく、相手の心に寄り添い、お互いの心に負担のかからない継承が大切だと感じています。

多くの場合、戦争は「歴史上で起きた過去のもの」と捉えられますが、実際の歴史は“個人の記憶”が集まってできたもので、自分の記憶もその一部なのだと思えば、歴史が他人事ではなく自分事になります。そうした一人ひとりの記憶を掘り起こして伝えることが「記憶の解凍」であり、だからこそ、惨状を伝えるだけでなく、被爆前の個人の日常を伝えることも重要です。

今、ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの間でも戦争が勃発し、第三次世界大戦前を生きている気がしています。戦争が始まったら誰にも止められないと、皆分かっています。だから、戦争や平和について、自分の今の日常と重ね合わせて想像することが重要だと思います。カラー化した写真がそのきっかけになるとうれしいです。これからも表現の幅を拡(ひろ)げながら、ライフワークとして「記憶の解凍」に取り組み続けます。

プロフィル

にわた・あんじゅ 2001年、広島県生まれ。東京大学学生。17年に「記憶の解凍」を開始。「平和教育の教育空間」について実践と研究を進める。『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書、20年、共著)で「広島本大賞」(21年)受賞。

庭田さんのウェブサイトはこちら
https://sites.google.com/g.ecc.u-tokyo.ac.jp/anjuniwata0531/ホーム