【高野山真言宗生蓮寺住職・高畑公紀さん】仏の教えを象徴する蓮を愛で 人とつながり、心安らぐ社会を
自分と向き合い、先祖と対話 心穏やかな生活を願って
――栽培だけでなく、研究するようになったのはなぜですか?
「生蓮寺」なのに、蓮がなかったために栽培するようになったのですが、蓮は6月中旬から咲き始めてお盆前の8月初旬に花が枯れてしまうため、大勢の方が参拝されるお盆に何とか花をお見せできないかと考え、研究するようになったのです。
お盆を過ぎても花を咲かせる品種を作り出すため、5年前に蓮の生育状況に関する詳細なデータを収集し始めました。すると、遅い時期に咲く品種を見つけることができたのです。
その後、遺伝の法則を駆使して選(え)りすぐった雄しべを、別の株の雌しべに受粉させては種を取り、翌年に発芽させて確認するという作業を何度も繰り返しました。その結果、お盆の時期にも花が咲く株が誕生し、現在は9月のお彼岸の涼しい時期から10月下旬ごろまで花が咲く株もあります。檀家(だんか)や地域住民、観光客など多くの方が花を見て喜ばれる様子に接するたび、こちらの心も和みます。
また、蓮を広く知ってもらいたいと思い、数年前から、栽培した種や蓮根苗をインターネットを通じて有償でお分けし、それぞれが育てた種を送り返してもらうという交流を続けています。おかげで今、約1500人の方とつながることができています。
――蓮を使って地域おこしを目指していると聞いています
自坊のある地域は過疎化が進んでいます。南には高野山真言宗総本山の金剛峯寺が、北には古都の平城宮跡歴史公園があり、観光地のはざまでもあります。ですが、少しでも多くの方にこの地に足を運んでもらえるように、地域の方には喜んでもらえるようにとの思いで、蓮の栽培に関する活動を続けてきました。現在は寺を訪問してくださる人が年々増え、結果的に地域おこしにつながっていると思います。
また、毎年、地元の小学校で蓮の栽培方法を実演する課外授業を担当させてもらっています。最寄り駅や飲食店など人が集まる場所に蓮の鉢を置かせてもらってもいます。
私にとっての地域おこしの目標は、蓮の観賞を通じて気軽に仏教に触れて頂き、それによって心安らかな人が増えて、思いやりにあふれた社会がつくられることです。仏教は現実に生きている人の心を救い、世の中を明るくしてこそ意味がありますから。
寺では、蓮茶もつくっています。これは蓮の葉を霊峰高野山麓の伏流水を使って煎じたもので、麦茶のような爽やかさとほのかな甘みがあり、おいしく仕上がりました。
このお茶を飲まれる方に、お勧めしていることがあります。まず朝に、お茶を仏壇や、もしくは家の中の最も神聖な場所にお供えすることです。また、お休み前には、その日の出来事や思いを先祖にそっと打ち明け、ご自身の宗派の念仏や題目、法号を唱えるなどして、それぞれのお祈りを捧げることもお伝えしています。そして、先祖と一緒に飲むつもりで実際に飲んでみてくださいと――。そのようにして日々、自分と向き合い、先祖と対話する習慣が定着すれば、あらゆることに感謝して、心安らかに過ごすことができると思うからです。
蓮を育てる、蓮茶を飲むといったことで仏教の文化が広がり、身近なことから平穏な社会を生み出せたら、この世はもっと平和になると考えています。
プロフィル
たかはた・きみのり 1977年、奈良・五條市生まれ。筑波大学卒業後、京都大学大学院生命科学研究科で博士課程を修了。大学院時代は植物版iPS細胞の研究に励み、生蓮寺では蓮を研究している。高野山本山布教師として同山真言宗総本山金剛峯寺での法話や瞑想を指導するほか、京都花蓮研究会、蓮文化研究会で講師を務める。著書に『見る、育てる、味わう―五感で楽しむ蓮図鑑―』(淡交社)がある。