【舞台女優・神田さち子さん】声なき声を伝える――中国残留婦人の生涯を演じ続けて
平和の根幹が崩れないようにと心に決め
――22年間演じてきて、今思うことは何ですか
今思えば、舞台に立ち始めた頃の私は、頭にたたき込んだセリフを間違えないように演じることで精いっぱいでした。けれど、国内外で戦争体験者に出会い、話を聞かせて頂くうちに、私の中で変化が生まれました。それは、戦争体験者の誰もが、「もう二度と私たちのような思いをさせたくない」「戦争の残酷さを繰り返してほしくない」との願いで、つらい記憶を語ってくださり、その一つ一つが私の体に蓄積されていったからだと思っています。今、ようやく、セリフが単なるセリフではなく、「戦争は絶対に起こしてはならない」という意志をしっかりと宿した言葉として、表現できるようになったと感じています。
一方、別の変化もあります。始めた当初は、観客のほとんどが、戦争体験者ということも珍しくありませんでした。観客同士が戦時中のつらい思い出を共有して家路につくといった雰囲気がありました。そうした様子から、舞台を「戦争体験者の同窓会」と形容され、「戦争を物語として美化している」と痛烈に批判されたこともあります。
しかし、つい先日、公演をご覧になった方から、「やっと時代が神田さんの舞台についてきましたね」という励ましの言葉を頂きました。女優として、自分の表現を真正面から受けとめてくださる人々の声は、何よりの励みです。最近は、中学校や高校での公演や、若手の弁護士さんによる憲法関連の催しで演じてほしいとの依頼が増えました。とても有り難いことです。ただ、ふと考えてしまうのは、どうして増えてきたのかという理由で、手放しで喜べない社会の状況があるのではないか、という思いもしています。
3年前、多くの国民が反対していたにもかかわらず、安全保障関連法が成立し、これまで違憲とされてきた集団的自衛権の行使も容認されました。「憲法改正」の動きも加速していますね。私は、平和憲法の中心に「9条」があり、それによって日本は戦争をしないのだと学んで育ってきました。けれど今、9条にも手が加えられようとしています。
先の戦争の体験を風化させないために過去に目を向けていくのは、本来大切なことです。一方で、平和の根幹が崩れ、再び戦争が起きるのではないか――そうした危惧を持つ方たちが、戦争が招く現実を伝えなければとの思いで、私に依頼され、それが口コミで広がっている感じがしています。社会の状況が厳しくなってのことかと考えると、複雑な心境になることもありました。でも今は、だからこそ、過酷な人生を生き抜いた人々のことをしっかり伝えよう――、求められる限り演じ続けるのが私の役割だと心に決め、演じています。
プロフィル
かんだ・さちこ 1944年、中国・撫順生まれ。日本に引き揚げた後、福岡・朝倉市で育った。「神田さち子語りの会」主宰。わが子への読み聞かせが高じ、語り部としての活動を始める。96年、中国残留婦人の生涯を演じるひとり芝居「帰ってきたおばあさん」を初演。2017年、平和な未来を願って市民目線の活動に取り組む人たちを表彰する一般財団法人「澄和(とわ)」の「澄和Futurist賞」を受賞した。