朝鮮から日本へ引き揚げるまでを描いた実話『風さわぐ北のまちから』(著者・遠藤みえ子) 佼成出版社から発刊

中高生向け書籍『風さわぐ北のまちから 少女と家族の引き揚げ回想記』が6月30日、佼成出版社から発刊されました。

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日本が過去に、植民地支配によって多大な損害と苦痛を与えた地域に「朝鮮」がある。日露戦争後の1910年に韓国を併合した日本は、「朝鮮人の皇民化(日本人化)」を目的に「内鮮一体」を掲げて同化政策を実施。以降、45年8月に終戦を迎えるまで30年以上にわたり朝鮮半島を統治していた。

終戦で日本の植民地支配は終わったものの、朝鮮半島は「三十八度線」(軍事境界線)によって南北に二分され、南に米軍、北にはソ連軍が駐留するようになった。

同書は、激動の最中(さなか)にあった朝鮮半島北部の港町、鎮南浦(ちんなんぽ)に暮らす日本人一家が苦難を乗り越え、日本へ引き揚げるまでを描いた実話だ。

この日本人一家とは、著者の遠藤みえ子さんの生家だ。遠藤さんは6人きょうだいの4番目として朝鮮半島で生まれた。終戦当時、遠藤さんは5歳だった。一番下の妹は1歳に満たない乳飲み子。物語の冒頭、知人男性に日本への脱出を持ちかけられた母親は、幼い子供たちを守るため、朝鮮に残る決断をする。

著者の遠藤氏

物語は、遠藤さんの六つ上の姉「れい子」を主人公に進んでいく。引き揚げの機会を逃したれい子は落胆しながらも、働きに出る母と兄弟に代わり懸命に妹たちの世話を続けた。そんな一家にある日、さらなる激震が襲う。一つ屋根の下に、突然、敵のソ連軍大尉が引っ越してきたのだ。「この障子一枚が、新しく〈国境線〉になったのだ」と言うれい子の言葉に、幼いながらに感じた衝撃が伝わる。

しかしこの奇妙な同居生活を通し、れい子は、それまで恐怖と憎悪の対象でしかなかったソ連兵も、大切な家族がいて愛する心を持つ自分と同じ人間だと気づく。同時に、級友の「私たちは、よそ者だったんだ」という一言で、それまで信じてきた日本人の誇り、正義が崩れてしまう。自分はなぜここにいるのか、あの戦争は無駄だったのかと葛藤する少女の叫びに、戦争の不条理さがあぶり出されていく。

一方、親日派として投獄されても一家を支え続けた「キムおじさん」、「隣人を愛せよ」とのキリストの教えを信じて一家をかくまった「オモニ」など、「自分の生き方を貫き、誰かを手助けする」人々との縁を通して、自分を大切にし、人とのつながりを持ちながら生きていけば、人間同士だから心は通じ合えるとの確信が深まる。

終戦から丸一年が過ぎた46年9月、ようやく母子7人が日本に発(た)つ日がきた。徒歩で三十八度線を越える道中、何度はぐれかけながらも、「わが子を誰一人失うまい」と必死に歩き続けた母親の気迫と執念は圧巻だ。そんな気丈な母親が故郷の倉敷に降り立ち嗚咽(おえつ)する姿に、子連れでの引き揚げの過酷さが窺(うかが)える。

遠藤さんは同書の後書きに、「当時の全国の親たちはみんな、同じ思いで戦後の苦しい時期をがんばり抜いて、今のあなたたちに命をつないできたのです。どうかあなたの大切な命を粗末にしないで」と、思いを寄せる。

どの時代にも悩みや苦しみが尽きることはない。ウクライナ情勢や北朝鮮問題、感染症、気候変動など、世界は今、混迷の極みにある。しかし、そんな時こそ自分から心を開いて他者とつながる、その中に必ず光明がさすことを同書は訴えかける。

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『風さわぐ北のまちから 少女と家族の引き揚げ回想記』
遠藤みえ子著
佼成出版社
1760円(税込)