立正佼成会 庭野日鑛会長 2月の法話から
生命の不思議
京都大学の総長をされた平澤興(ひらさわ・こう)先生は、脳神経解剖学の世界的権威でしたが、その方がいつも、生命の不思議ということを述べられています。
<今日無事に目が覚め、元気で暮らしているなどということにしても、まったく不思議極まることなのである。心臓が無事に動いているのも、胃腸や腎臓が無事に働いているのも、更には肺が働いて元気に呼吸ができるのも、みなわれわれが頭をつかって工夫をして働かせておるのではなく、われわれの知らぬ間に巧妙な神経の働きや、ホルモンの力などで、まったく自動的に行われておるのである。>
<しかも人間の命は、実はただ一つの命ではなく、凡(およ)そ世界総人口の一万倍の小生命、即(すなわ)ち約五十兆の細胞からなる生命共同体で、僅(わず)か約五十億の人口のこの地上に紛争の絶えないことを思うと、数十兆の細胞的生命の共同体たる人間には毎日もっと故障が起こってもよい筈(はず)だが、その割には何と病気が少ないことか。>
<毎日の健康は、それ自体不思議なことで、病気の時などは、むしろ静かにこれを感謝の機会としたらとさえ思われるのである。本当に不思議ということが分かると、自然にその不思議に頭をさげざるを得なくなる。>
脳細胞の研究をしておられる方が、こうおっしゃっております。私たちはそうしたことをほとんど知らないで生かされているわけであります。このような専門家が、生きていることは不思議だというのですから、それは本当に有り難いこと、感謝しなければならないことだと思います。私たちは、いつも仏さまの教えを頂いて、感謝の心を忘れない人間になることが特に大切であります。
(2月15日)
「涅槃会」の誓願
きょうは「涅槃会(ねはんえ)」であります。人は死ぬのだということです。しかし、何か悲しい、苦しい、そんな方向に気持ちを持っていかないで、人間としていのちを与えられたことがいかに有り難いか、不思議なことか、その面をよく見て、仏さまの教えに従って精進をさせて頂きたいと思います。きょうの「涅槃会」に基づいて、「即是道場(そくぜどうじょう)」――私たちがいるところ、どこでも、いつも感謝をしながら仕事をする、また家事をする、そうした人間でありたいと思うわけであります。
(2月15日)





