リレーエッセイ「声なき“生きづらさ”に寄り添う」(認定NPO法人ロージーベル代表 大沼えり子)

「生きづらさ」への理解と優しさの扉 1-(1)
認定NPO法人ロージーベル理事長 大沼えり子
うまれてきて ごめんなさい
おかあさん
ぼく
うまれてきてごめんなさい
おかあさん
ぼくは いらないんだね
おかあさん
ぼくがいることが すごくいやなんだよね
おかあさん
ぼくがうまれたから
おかあさんがしあわせになれないんだよね
だから
おかあさん
ぼく
うまれてきて ごめんなさい
「生きづらい」という言葉には、「生きにくい」という意味だけでなく、生きることが「つらい」という感情も含まれています。
親がいない、戸籍がない、帰る家がない、頼る人がいない、そんな少年たちがいる現実。虐待から逃れ、生きるため、賞味期限ぎりぎりのお弁当を盗まなければならない少年の存在を知る人がどれだけいるでしょうか。保護司になる前の私は、違う世界の出来事と認識していました。
私は心ない思い込みで、小学1年生だった息子の友達を傷つけてしまったことがあります。
彼は他の子と交わることなく、リビングの椅子に座って、何を話すでもなく恥ずかしそうにしながらいつも私のそばにいる姿が印象的でした。父親はおらず、母親は心の病。食事は給食に頼る生活と聞き、わが家で食事をするようになりました。
ある日、わが家に遊びに来ていた別の友達が大事にしていたキャラクターのフィギュアがなくなる事件が起きました。フィギュアの持ち主である子の親が怒鳴り込んできたとき、それは彼の手元にあったのでした。「一緒に謝ろう」と何度説得しても、彼は謝りませんでした。私はそんな彼が許せず、わが家にはもう来てはいけないと告げました。しかし「どうして許してあげないの!」と訴える息子の言葉に、人としての恥ずかしさがこみ上げ、身が縮む思いに襲われた私は、彼を抱きしめて謝りました。すると、無口だった彼は「おばちゃん、ごめんなさい。もう、あんなことしないから、また、おばちゃん家(ち)の子にして」と小さな手でしがみつき、そう言ったのです。さらに、「でもね、あれ、盗(と)ったんじゃないよ、もらったんだもん」とぽつり。この言葉に、体中の血が引いていく感覚に襲われました。<私がこの子の心に残した傷はどれだけ深いものだっただろう、本当に謝らなければならないのは私の方だった……>と。
その後、息子の進学を機に彼とは接点がなくなったものの、私は毎朝、わが家の前を通る彼に声をかけることにしていました。しかし、彼の様子が徐々に変わっていったのです。学校に行く様子もなく、真っ白い顔色ときつい目つき、特攻服、そして独特の歩き方、通り過ぎる残り香はシンナーと、非行まっしぐらでした。自責の念にさいなまれた私は、「幼い日のあの愛らしい笑顔にもう一度会いたい」との一心で2001年、保護司の委嘱をお受けしました。
冒頭の詩は二十数年間封印していたその彼の遺作です。やっと覚えたひらがなで最初に書いた詩だと、微笑(ほほえ)みながら私にくれたものでした。たどたどしいひらがなでつづられたこの想いを目にした時、涙があふれて息ができなくなり封印したものです。本連載の依頼を頂いたその日、書類の整理の際に、ひらりと目の前に現れました。きっと、この機会に役に立てて欲しいと思ったのではないかと思います。
このような劣悪な環境で生きねばならない子どもたちが、どれだけつらい生活を強いられ、生き抜いているか。彼らは決して望んでそのような環境に生まれたわけではないのです。他の人と同じように愛され、幸せになりたい、そんな当たり前の願いさえかなわず、諦めに似た思いを抱えて生きている子どもたちが近くにいることに、私たち大人は心を開き、その「生きづらさ」を理解して関わらなければならないのではないでしょうか。
プロフィル

おおぬま・えりこ 宮城県生まれ。作家、保護司、シンガー・ソングライター、DJ。2008年、帰る家のない少年たちの自立を支援する認定NPO法人「ロージーベル」を設立し、理事長を務める。著書に『「絲」~君の笑顔に会いたくて~』『この想いを伝えて…』(KKロングセラーズ)など。





