食から見た現代(18) 食べるのが苦手な子どもたち〈後編〉  文・石井光太(作家)

写真はすべてNPO法人「はぐもぐ」提供

前編につづいて、子どもの少食、偏食、小児摂食障害について、NPO法人「はぐもぐ」の代表・小浦ゆきえ氏(48歳)と共に考えていきたい。

親たちの中には乳幼児の少食や偏食を過度に気にする人がいる一方で、小さな子にはよくあることと軽く考える人もいる。「もう少し成長したら食べるようになる」「慣れれば偏食もなくなる」と受け流すのだ。

しかし、子どもに明確な原因があってそうなっている場合は、時が解決するということはない。それどころか、小学生くらいになって少食や偏食が目立つと、周りの大人から「好き嫌いが多い」「わがまま」「食習慣がついていない」と否定的に見られがちだ。

その象徴が、かつてはよくあった学校における「完食指導」だろう。クラスのすべての子に同じ量を盛りつけ、食が進まない子に対して教員が「残さず食べるまで許さない」と言い放つのだ。時には、ペナルティを与えることもあった。

最近はさすがにこうした指導は減ってきたものの、まだ一部では残っている。それは日本社会に「子どもはお腹いっぱい食べるもの」という固定観念があり、大人たちがそれを論拠にして少食や偏食を子どものエゴだと決めつけているからだろう。前編で述べたような、病気、障害、特性といった要因を考慮に入れていないのだ。

親の役割は、子どもの食に問題が生じている原因を明らかにすることだ。小学生の場合は問題が他のことと重なってこじれやすいが、逆に未就学児に比べれば原因を究明しやすい。一定の年齢になれば、自分が抱えている困難を言葉にして伝えることができるようになるためだ。

小浦氏は次のように話す。

「食べない原因はたくさんあります。たとえば春巻きのようなものは中に何が入っているのかわからないのが不安だとか、熱くて舌を火傷(やけど)するのが怖いとか、以前同じものを食べて体がかゆくなったとかいったことです。

大切なのは、親がなぜ食べられないかを一緒に考え、答えを引き出すことでしょう。子どもが原因をちゃんとした言葉にしてくれれば、親にも解決策が見えてくる。まずは親自身が『子どもは何でも喜んで食べるもの』という固定観念を捨てて、話し合いや観察をすることが大切なのです」

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たとえば、親が手の込んだビーフシチューを作って出したとしよう。ところが、子どもはそれにまったく手をつけようとしない。親が促しても、「食べたくない」「なんか嫌」としか言わない……。

この時、親がカッと頭に血を上らせ、「ビーフシチューなんて給食でも出るでしょ。贅沢(ぜいたく)言ってないで、さっさと食べなさい!」と叱ったところで、子どもは食べようとはしないだろう。ここでやらなければならないのは、冷静に事態を受け止めた上で、食べられない理由を詳しく尋ねることだ。次のように聞くということである。

「何が嫌で食べたくないのかな」

「怖い」

「何が怖いの?」

「中に何が入っているかわからないから」

「たしかにビーフシチューは見えにくいかもね。何が入っていたら嫌なの?」

「貝」

「どうして?」

「見た目が嫌」

「それだけ?」

「前に食べたら砂が入っていてジャリってした」

「それで苦手なんだね。貝がなければ大丈夫なの?」

「うん」

このように聞き出していけば、この子は以前貝を食べた時の嫌な記憶があり、それ以降食事のたびに貝が入っていないか警戒していたことがわかる。それがビーフシチューに口をつけようとしなかった原因だったのだ。

親は原因がわかれば、ビーフシチューに貝が入っていないことを説明したり、貝だけを取り除いたりすればいい。場合によっては料理を作る前に、具材をすべてスマホで写真を撮って子どもに見せるのも一つだ。

もちろん、親にしてみれば、貝を食べてほしいという気持ちがあるだろうが、まずは食べられるものをしっかり口にして栄養をとることの方が先決だ。それが子どもたちの食を一歩前進させることになる。

コミュニケーションによる解決は、前編で見た発達特性からくる少食や偏食でも使うことができる。彼らが苦手とする「感覚」を言葉にしてもらうのだ。

たとえば、カレーライスや揚げたてのコロッケも食べない子がいたとしよう。その子に理由を尋ねたところ、こう返ってきたとする。

「熱いのが苦手だから食べたくない」

親がしなければならないのは、「冷ませばいいじゃない」と突き放すことではない。その子の言う「熱い」が、常識と照らし合わせてどの程度のものなのか判断することだ。

本当に熱ければ冷ましてから食べればいいだけだし、そこそこの熱さであればこの子は少し敏感で猫舌なのだと受け止めればいい。しかし、まったく熱くないのにそう言っているのであれば、感覚過敏などの可能性を疑って、医療機関でみてもらうべきだろう。そこで因果関係が明らかになり、改善策が見えていくというのはよくあることだ。

とはいえ、コミュニケーションだけでは解決が難しいものもある。それが食のトラウマに起因する少食・偏食だ。小浦氏の話である。

「小学生くらいになると、食にトラウマを抱えている子は結構います。魚を食べて骨が喉に刺さった経験から魚が食べられなくなるなど、食における何かしらのマイナスの体験がトラウマになってしまうのです。これが原因で少食や偏食が起こることは珍しくありません。

さらに深刻なのが、特定の食べ物ではなく、食事そのものにトラウマを抱えているケースです。そうなると、何か一つがダメというのではなく、食べること全般がダメになってしまうのです」