年頭法話 立正佼成会会長 庭野日鑛

偉大なるものに参る

いま、ここが、わが道場と受けとめ 元気で生き生きと精進していきたい

あけまして、おめでとうございます。

新型コロナウイルスの感染症法の位置づけが「五類」に移行したことで、人々の危機感は一気に薄れてきたようです。マスクをする人も少なくなってきました。一方、そうした時流に多少不安感を抱く人もいると聞きます。特にご高齢の方、疾患(しっかん)のある方、ワクチンを打てない方などへの配慮は、今後も忘れないようにしましょう。

日本でコロナ感染者が初めて確認されたのは、令和二年一月でした。その前年の十一月に発表された「令和二年次の方針」の中で私は、「教団創立百年に向けて、一人ひとりが、『即是道場(そくぜどうじょう)』(この処は即ち是れ道場なり=このところはすなわちこれどうじょうなり)の精神をもって、そのご恩に報(むく)いてまいりたいと思います」と申し上げました。

コロナ禍(か)による自粛生活が続く中で私たちは、この「即是道場」の精神がどれほど大切かをおのずから思い知ることになりました。

いうまでもなく「即是道場」とは、青経巻の最初にある「道場観」の一節を表したものです。大聖堂や教会だけが道場ではなく、家庭や職場、学校、地域社会など、私たちが居(い)る所、住んでいる所、身を置く所、全てが自分の心を磨(みが)く道場であるということです。

コロナ禍のみならず、いかなる時も、いま、ここが、わが道場であり、求道(ぐどう)の場です。このことを心して歩むことが私たちの仏道の精進(しょうじん)なのであります。

またコロナ禍によって、身体的、経済的、精神的な影響を受けた方が大勢おられます。なかなか立ち直れず、将来に不安を抱いている方も少なくないといわれます。

「一日は一生の縮図(しゅくず)である」という言葉があります。その人の一生がどういうものになるかは、今日、一日の生活を見れば分かるということです。私たちが生きるのは、過去でも未来でもなく、いま、この瞬間(しゅんかん)だけです。サンガと助け合って、常に元気で生き生きと精進してまいりましょう。

さて私は「令和六年次の方針」を次のようにお示ししました。

「人間が現実に留(とど)まらないで、限りなく高いもの、尊いもの偉大なものを求めてゆく、そこに生ずるのが敬(けい)という心である。この敬の心が発達してくると、必ず相対(そうたい)的に自分の低い現実を顧(かえり)みてそれを恥じる心が起きてくる。人間が進歩向上する一番大切なことは敬(うやま)う心を発達させることであり、恥を知ることである。」
 以上、先人(せんじん)の至言(しげん)に示された人間の大切な心を踏まえ、今年も私たちは信仰生活を通して、お互い様に、夫婦として、父母として、親として、未来を担(にな)う幼少年・青年達を如何(いか)にして育て、人格の形成をはかるか、如何にして家を斉(ととの)えていくか、さらに、日本の伝統を受け継いで立派な国を打ち立てていくか、創造的に真剣に務めて参りたいと願っています。

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