立正佼成会 庭野日鑛会長 1月の法話から
薫染(くんせん)
自分が好きな言葉、この言葉を唱えるだけで、見るだけで元気が出るとか、何か心がゆったりするとか、うれしくなるとか、そんな「座右の銘」を、お経典からでもいいですし、また自分が読書した中で、素晴らしいなと思う言葉、自分が感動した言葉――長い言葉ではなくて短い言葉でいいわけですけれども、それを書き取っておく。そして、文字をちょっと大きく書いて机のところに置く、あるいは壁にかけておく――そうすると、その言葉の香りが心に「薫染」する、香りが染み込んでくるのだということです。そういうものを絶えず繰り返し続けて見ていると、それだけでも心が高揚してくるということで、「薫染」という言葉があります。
(1月15日)
座右の銘
これは私の好きな道元禅師の言葉であります。
「この生死(しょうじ)はすなわち仏の御(おん)いのちなり」
何で、煩悩を持っている人間が「仏の御いのち」であるのかと私たちは思いがちですけれども、この「生死」、生まれてきては死んでいくいのち、これは「仏の御いのち」だと言われるのです。「仏の御いのち」というだけで、何かいのちというものがとても尊くなってきます。仏さまがくださった「御いのち」だという気持ちで、この「御いのちなり」という言葉を口にするだけでも、自分のいのちが有り難くなってくるような感じがします。こうした「座右の銘」を持って、言葉を通して自分のいのちを考えていくことがとても大事ではないかと、私は思っております。
私たちはいのちが心の底から喜べるような生き方、いつでも本当に有り難い、うれしい気持ちになれる、そういういのちを一生貫いていきたい、そんな気持ちをお互いに持っていると思います。「この生死はすなわち仏の御いのちなり」――私たちのいのちはただ自分だけのいのちではない、仏さまがくださったいのちなのだと受けとめると、とても豊かな気持ちになると思います。そうした心豊かな一生を送るには、やはり言葉はとても大事なものです。本当に有り難いいのちを頂いたのだと感謝ができるような言葉、「座右の銘」にできるような言葉をしっかりと持つことは、とても大事だと私は受け取っております。
(1月15日)





