立正佼成会 庭野日鑛会長 1月の法話から

1月に大聖堂で行われた式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)
人々のために
日本の「数え年」というのは、(新年を迎えると)みんな一緒に年が一つ増えていくわけであります。日本国中、みんながお祝いをします。お正月に年を取ったというだけではなく、自らもまた人生の経験を一つプラスして、今までの経験の上にさらに学びを深めて、多くの人々のためになる人間になっていこう――そんな願いを、元旦にはどなたも持たれると思います。
どうか会員の皆さまお一人おひとり、今年の誓願をお互いさまに持って、一年を有意義に、法華経に説かれるところの菩薩道を精進してまいりたいと思います。皆さまと共に今年も精進させて頂きますことをここに誓願いたしまして、私の新年のごあいさつとさせて頂きます。
(1月1日)
自業自得果(じごうじとくか)
私たちは宗教として、仏教を学んでおります。仏教の特徴とは何か、ということであります。
〈仏教には大きな思想的特徴がある。――それは、人間の運命を決定するものは人間自身であって、他の何物でもないということであります。よく自業自得と申しますが、これは自業自得果の果を省略した言葉で、現在の運命は過去の業――考え方や行為(おこない)の結果である、未来の運命もまた現在の考え方や行為によって定まるというのであります。
天上天下唯我独尊という言葉も、人間以外に人間を支配するものは存在しないという力強い真理を言い表わしたものであります。〉
こんなことを私は習いました。本当にそうです。この仏教の教えは、神さまがよいように計らってくださるということでなくて、一人ひとりの人間が、自業自得、自分でなしてきたことはみんな自分で受けなくてはならない。人間の心得により、そうなっていくのであって、神さまがどこかにおられて、何とかしてくださるということではない。人間一人ひとりの自覚が物事を決めていき、平和にしたり、あるいは戦争にしたりするのだということです。
これは私たちにとって、有り難い教えであると同時に、一人ひとりがじっくりと味わうべきものがそこにあると思います。
(1月7日)
『素心(そしん)』『深念(しんねん)』
(書き初めの)『素心』は、今年で5回目になるのでしょうか。これは10年間、変わらないんですね。左の方(『深念』)は、これは読めば「新年おめでとうございます」の「しんねん」です、字が違いますけれども。「深く思う」ということですね。こちらの方(素心)は素直な心という意味であります。そして、私たちが仏さまの教えに導かれ、有り難い教えを頂いたことを深く思う――自分の日ごろの心の救われ、それは自分でなければできないことである。人さまがやってくれる、神さまがやってくれる、仏さまがやってくれるのではない、自分がそうなるのだ、ということであります。そうしたことを「深く思う」、そんな意味で二幅を書かせて頂きました。
皆さんと共に、本当に素直な心で、また大事なことを深く思いながら、今年も一年、精進をさせて頂きたいと思っております。
(1月7日)





