バチカンから見た世界(176)文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

-「平和の神学」を説き続けるレオ14世(5)-
ローマ教皇レオ14世は、バチカンでさまざまなグループと謁見(えっけん)してスピーチする際、「あなたたちに平和がありますように」というあいさつで始めることが多くなった。復活したキリストが、彼の十字架上の死に戸惑い狼狽(ろうばい)している弟子たちに向かって発した最初の言葉で、そのうちにキリスト教の教えが凝縮されているからだ。「平和」は、神の愛による宇宙と人間の創造の業(わざ)によって定められた秩序といえる。だから、人間のみの力で世界平和を構築しようとする「神不在の世界平和」を強く糾弾する。世界平和は、まず「神からの恵み」なのだ。
教皇レオ14世は3月13日、バチカン内赦院(教皇庁の裁判所の一つ)が企画した「ゆるしの秘跡」(告解)に関するセミナーの参加者たちに向かい、「武力紛争に関する重大な責任を有する、あのキリスト教徒たちが、真剣な良心の呵責(かしゃく)をなし、告白する謙虚さと勇気を持っているのかと問いたくなる」という厳しい発言をした。「あのキリスト教徒たち」と呼び、名指しを避けた非難だったが、その矛先は、ロシアによるウクライナ侵攻に対して宗教的基盤を提供し、「一大ロシア」を構築するための国家イデオロギーになっているロシア正教、そして、「米国を再び偉大とする」(Make America Great Again)ためには、軍事力の行使もいとわない同国の福音主義者(エヴァンジェリカル)やMAGAクリスチャンたちに向けられていることは確かだ。
カトリック教会内部には、「教皇と祈る世界ネットワーク」と呼ばれるイニシアチブが存在する。毎月、テーマ(祈りの意向)を決めて、世界の信徒たちが教皇と共に祈るためのネットワークだ。教皇レオ14世が世界のカトリック信徒たちに提案した3月の祈りのテーマは、『軍縮と平和のために』だった。教皇は3月5日、公表したビデオを通しての祈りの中で、「あなたたちに平和がありますように」と使徒たちにあいさつしたキリストに向かい、「あなたの平和の恵みと、その平和を歴史の中で現実にしていく力をわれわれに与えてください」と懇願した。「諸国家が武器を放棄し、対話と外交の道を選択するように」と天に向かって祈る教皇は、「私たちの心に宿る憎悪、怨念、無関心という武装を解除させてください」と願った。
さらに、「真の安全保障は、恐怖によって点火される抑止(核や武器による抑止力)からではなく、信頼、正義、諸国民間の連帯からなされることを教えてください」と神に嘆願し、「諸国の政権担当者たちが、死のプロジェクト(戦争)を放棄し、軍備競争を停止して、最も傷つきやすい人々の生命を中心に置くように、彼らに光明を与えてください」とも祈った。「核兵器の恐怖が人類の未来を束縛することがないように」とアピールした。教皇は、カトリック信徒たちが「日常の平和の構築者」となっていくようにと励まし、「あらゆる対話の選択が、新世界構築の種となる」と訴えた。
ホワイトハウスのオーバル・オフィス(大統領執務室)では、教皇レオ14世が「教皇と共に祈る世界ネットワーク」の3月のテーマを公表したのと同日、福音主義、MAGAクリスチャンの指導者たち約20人が、執務テーブルに座るトランプ大統領の肩に手を置きながら、「イランに対する軍事攻撃を主導するトランプ大統領と、軍事政策の成功に対する神の恩恵」を祈った。フロリダ州から参加したトム・ミューリンズ牧師は、「トランプ大統領の上に、神の恵みと保護がくだりますように。われわれの軍隊と、従軍している全ての兵士にも、神の恵みと保護がくだりますように。父なる神よ、われわれの国家が神の下に一つになろうとしている時に、国家を指導するための力を必要としているトランプ大統領に、そのための力を与え続けてくださるよう祈ります」と述べた。
同国の「信仰と自由同盟」の指導者であるラルフ・リード氏は、「イラン攻撃を実行する米軍に対する神からの支援」を祈った。「テロ政権であるイランに対する攻撃という勇気ある決断を下したトランプ大統領」に感謝を表明し、「ホワイトハウスで、トランプ大統領と米軍のために祈ることのできた名誉」を強調した。「米国スペイン語系キリスト教徒指導者会議」のサムエル・ロドリゲス氏も、「世界的な紛争と膨大な責任の真っただ中にあっても、われわれは、神の叡智(えいち)と支援を模索するために立ち止まった。最も高い位置にある指導者(トランプ大統領)は、謙遜、分別、神への依存を要求される。国家の最も崇高な指導力発揮の場(ホワイトハウス)において、信仰がいまだに存在するということは、強力なメッセージとなる」と、自身のXに投稿した。
だが、そのホワイトハウスは3月5日、アニメシリーズと米軍によるイラン爆撃の映像を重ねた動画を公式サイトに投稿しただけでなく、12日にも「任天堂のゲーム『Wii(ウィー)スポーツ』とみられる映像を用い、イラン攻撃の成果を誇示する動画を投稿」(13日付「47NEWS」)し、国内外世論から批判を浴びた。
トランプ政権の外交政策に「倫理規範」を要求した同国カトリック枢機卿のブレース・スーピッチ・シカゴ大司教は7日、「われわれの政府は、イラン国民の苦を、われわれの遊びの道具にしている」と非難する声明文を公表した。ホワイトハウスの投稿を「ぞっとする」(horrifying)と表現し、「われわれが直面している倫理的危機が、戦争そのものに限らず、われわれ傍観者が暴力をどのように判断しているか、戦争をスポーツ観戦や戦略ゲームのように考えてはいないか、ということにも及んでいる」と指摘した。
さらに、「米国民が、ホワイトハウスの投稿よりは、より良き国民であると知っている」と述べ、「実際に行われていることは遊びでなく戦争で、イランは国民によって構成される一つの国である。他者を楽しませるためのビデオゲームのように扱ってはならない」と戒めた。
スーピッチ枢機卿と懇談した教皇は16日、創設50周年を祝う「イタリア国営テレビ第2放送ニュース編集室」の記者たちと謁見。戦争がもたらす一般市民への苦に言及し、「戦争が持つ真の顔を示し、ビデオゲームに変貌させるのではなく、犠牲者から見た現実を伝えてください」と願った。また、ニュースが「(政権の)プロパガンダや権力者のメガホンにならないように」とも警告した。
かつて米国の首都であったフィラデルフィアで、憲法教育やその精神の促進を目的に1988年に創設された「全米憲法センター」(民間非営利団体)は同日、教皇レオ14世に第38回「リバティーメダル」(自由勲章)を授与すると公表した。同センターが公表したプレスリリース(声明文)によれば、「教皇レオ14世は選出以来、相互尊敬と平和共存を目的とする、諸宗教と諸教会間対話を優先事項と定め」、「自由を抽象的な概念としてではなく、人間の尊厳性の生きられた表現とする、より広い道徳ビジョン」に沿って、「宗教的少数派や戦争に苦しむ宗教者たちを擁護した」と讃(たた)えている。
また、「史上初の米国人教皇として、民主主義の理想と、生涯を通しての諸宗教対話促進への貢献によって特徴づけられる、独自の展望を(世界に)提供した」とも記している。米国憲法の修正第一条に記されている、信教の自由を含むさまざまな自由を、世界において諸宗教・諸教会間対話を通して実現しようとする教皇の努力に対する評価だ。
授与式は7月3日、米国建国250周年にかけて、独立記念日の前日に同センターの庭園で執り行われる。同日、バチカンと全米憲法センターがオンラインでつながれ、教皇レオ14世がスピーチすることになっている。





