バチカンから見た世界(23) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

対峙する二つの世界――トランプ大統領とカトリック教会

米上院の共和党は6月22日、オバマ前政権時に導入された医療保険制度改革(オバマケア)を見直す代替法案の草案を公表した。この前日、トランプ米大統領は、「なぜ政権の経済担当者に富豪を任命したのかと尋ねられた。その答えは、富豪の考え方が、われわれの望む思考方法だからだ」と発言していた。

「アメリカン・ドリーム」を実現した富豪たちが名を連ねるトランプ政権。先の大統領予備選挙で、ヒラリー・クリントン元国務長官と民主党の大統領候補の座を争ったバーニー・サンダース上院議員(現在無所属)は、共和党が上院に提出するオバマケアの代替法案を、「医療保険制度とは関係がない。巨額の富を貧者から富裕者に移動させるだけのことだ」と批判した。

ローマ教皇フランシスコは同13日、カトリック教会内に「世界貧しい人たちの日」(今年は11月19日)を設けると発表し、メッセージを寄せた。この中で教皇は、「貧困は、不当に搾取され、権力と金銭にまつわる悪循環の論理によって踏みにじられる男女や子供たちの面影を持つ」との見解を表した。その上で、「今日、数少ない特権者の手中に、恥知らずな富が集中し、世界の大部分では、貧困が拡大するというスキャンダラスな状況が起きている」と非難した。

米国のカトリック司教団は同23日、共和党が上院に提出したオバマケアを見直す代替法案の草案について、「貧しく、より弱い立場にある人々をさらに害する」として「受け入れられない」との姿勢を表明。容認できる医療制度は、どのような所得であっても、全ての人が生涯を通じて利用できるものでなければならず、人工妊娠中絶に反対する良心の権利を認め、移民家族にも門戸を開放するものでなければならないと訴えた。また、代替法案の「トランプケア」の成立によって、約2000万人の低所得者が医療保険制度から除外される問題を指摘するとともに、移民が医療を利用できる方策を要求している。

オバマケアの廃止は、トランプ米大統領が掲げた主要な選挙公約の一つだ。下院では5月4日に、代替法案が217対213の僅差で可決されたが、共和党からも造反者が出た。上院では、共和党議員からも反対投票が出ると予測されており、可決されるかは全く不透明だ。

一方、トランプ大統領は6月1日、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から米国が離脱すると表明した。パリ協定が米国経済や雇用に大きな打撃を与えるためだという。「米国にとって公平な協定なら交渉に応じる」とも語った。「米国第一主義」を唱えるトランプ大統領に対して、同国カトリック司教団の「正義と平和委員会」(委員長=オスカル・カントゥ司教)は、パリ協定からの離脱が「米国民のみならず、全世界の住民、特に、より貧しく、より傷つきやすい共同体を害する」との親書を、ティラーソン国務長官や政府首脳に宛て送付した。トランプ政権とカトリック教会の姿勢の違いは、米国の外交政策の分野にも及ぶ。

キューバのパリージャ外相は6月23日、バチカンを訪問し、国務省長官のピエトロ・パロリン枢機卿、外務局局長のポール・リチャード・ギャラガー大司教と懇談した。懇談の内容は、教皇フランシスコの調停によってオバマ政権時に始まった米国とキューバの国交正常化に向けた交渉と、その後のトランプ大統領による「対キューバ政策の見直し」だった。

「国民を苦しめてきたカストロ政権」を批判し、「オバマ政権による一方的なキューバとの合意を取り消す」と表明したトランプ大統領に対し、同国カトリック司教団の「国際正義と平和委員会」は、「教皇フランシスコは、米国とキューバが対話するように支援した。隣国との対話や国民同士の出会いを促進していくことが大切だ」とする声明を表した。米国による「合意の取り消しを遺憾」とするカトリック司教団の声明文は、「キューバにおける人権の尊重と信教の自由は、キューバ国民と米国民(の双方)がさらなる努力をしていくことによって促進され、出会いの場が少なくなっては促進されない」との見解を示している。

メキシコ国境で不法移民の入国を防ぐための壁の建設やイスラーム諸国からの入国を制限する大統領令を巡って、意見がぶつかってきたトランプ大統領と、バチカンや米国のカトリック。この対立は、これからも続きそうな気配である。