バチカンから見た世界(170) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

-国家イデオロギーとなった米国とロシアのキリスト教/教皇の説くキリスト教(3)-

米国のトランプ大統領は7月4日、同国の独立記念日に、自身の選挙公約を実現するための予算案「一つの大きく美しい法案」を強引に上下院で採択させた後、自身でも署名した。

この法案を前に、「米国カトリック司教会議」が真っ二つに割れ、二つの声明文を公表する事態となった。同法案の支援する「反堕胎政策」には賛成しながらも、「貧者(密入国者)の阻止と大量送還」に要する巨額の費用の拠出と、「環境問題」対処のための費用の大型削減には、少数派ながらも数人の司教たちが、他のキリスト教諸教会や他宗教と共に反対した。

トランプ大統領は自身の第1次政権期に、地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」から離脱していたが、今政権でも、史上最大の気候変動対策投資を謳(うた)った前バイデン政権の政策を骨抜きにし、「新たなグリーン詐欺は終わりにする。電気自動車(EV)の義務化はバカげている」などと発言し、EV購入支援策を9月で打ち切る意向を表明した。7月4日付「毎日新聞」電子版では「米環境シンクタンク『気候・エネルギー解決センター』は、今回の法案により世界2位の米国のCO2排出量は2035年までに8%増加すると推定する」と報じた。トランプ大統領は7月13日、自身の銃撃による暗殺未遂事件から1年に際して、「全能の神の恩恵によって、(アメリカを再び偉大とするために)私の命は救われた」と再度、発言した。

教皇レオ14世は7月3日、教皇庁典礼秘跡省を通して「被造物(環境)保護のためのミサの式文と聖書朗読」に関する教令を公布した。カトリック教会は、種々の必要性、あるいは市民生活での重要な出来事、数々の特別な状況に対処していくために49の特別な「ミサ形態」を制定している。新しく制定された「環境ミサ」は、1990年に教皇ヨハネ・パウロ2世が公表した「世界平和祈願日」のテーマであった「創造主なる神との平和、全ての被造物との平和」と、教皇フランシスコが2015年に公布した環境回勅「ラウダト・シー」を想起しながら、制定されたものであった。さらに、「環境ミサ制定」の前日(2日)にレオ14世は、世界のキリスト教諸教会が9月1日から10月4日まで共に執り行う「創造(環境)の時」に向けたメッセージを公表していた。

そのメッセージの中で教皇は、「世界の各地で、私たちの地球が荒廃に陥っていることは明らかである」と指摘。あらゆる所で不正義、国際法と諸国民の権利の蹂躙(じゅうりん)、不平等、森林伐採、大気汚染、種の多様性の喪失を引き起こす欲望が蔓延(まんえん)している状況を糾弾し、そうした状況が気候変動による気象の過激な変動現象を増加させると分析する。また、「自然の破壊が、皆を同じように打撃しない」と主張。「正義や平和を蹂躙することは、より貧しく、より疎外され、除外されている者を打撃する」からだ。その典型的な例として教皇は、「先住民の苦しみ」を挙げる。さらに、自然が、経済的、政治的な優越性を獲得するための交換条件として使われ、農耕地や森林が地雷の設置された“戦場”となり、水源などより弱き国民の生活状況を悪化させ、社会不安を誘発し、不正な資源の配分が紛争を誘発するようにもなると言う。レオ14世は、環境破壊の原因が「人間の罪」にあると糾弾する。聖書は、「人間による被造物の支配」を説いておらず、自然を「耕し、保全するように」と奨励しているからだ。人間の犯す罪によって展開されていく環境破壊は、「社会、経済、人間学的な不正義の問題」であると同時に、信仰者にとっては「神学的要請」「信仰と人間性の問題」となっているのだ。

教皇レオ14世は9日、カステルガンドルフォの教皇避暑宮殿にある、教皇フランシスコが「環境庭園」と制定した一画で、カトリック教会初の「環境ミサ」を捧げた。そのミサの説教で、キリストが使徒たちと共に湖で漁をしていた時、嵐に襲われ、使徒たちが恐れているのを見て、「創造主なる神への信仰が足りない」と叱り、嵐を治めたとの、聖書の中の逸話を紹介しながら、「キリストは、見えない神の似姿であり、神による創造の最初の存在、そして、彼の内に全てが創造された」と、カトリック教会の説く環境論の神学的基盤を示した。だから、「創造を保全し、平和と和解をもたらすという、私たちに与えられた使命は、キリストに託された使命と同じ」であり、「われわれは、地球の叫び、貧者の叫びに耳を傾けるが、それは、そうした叫び声が神の心にまで達した」からだと強調する。破壊することのできない創造主と被造物との間の同盟が、私たちの知性と努力を動かし、悪を善に、不正義を正義に、欲望を分かち合いに変えていくことを促すと説いた。