バチカンから見た世界(169) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

-国家イデオロギーとなった米国とロシアのキリスト教/教皇の説くキリスト教(2)-
米国のトランプ大統領は6月25日、オランダのハーグで開かれていた北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議で、NATOのマルク・ルッテ事務総長と共に記者会見に応じ、米軍によるイランの核施設に対する攻撃を、「あの攻撃が戦争を終結させた。広島や長崎をたとえにしたくないが、本質的には同じだ」と正当化した。80年前に米国によって広島、長崎に投下された原爆の傷はいまだ癒えず、人類を核兵器の恐怖と自滅の淵に直面させている現状況を無視しての、トランプ大統領の発言だった。
核兵器にまつわる問題を、軍事力で解決しようとする試みは、非常に危険だ。イランによる核兵器開発を、世界の核軍縮プロセスや核開発協議といった多国間折衝によって抑制していくのではなく、軍事力を行使することによって、強権政権である米国や、特にイスラエルが、中東での優位な条件を引き出そうとするなら、イランによる核開発問題の解決は、さらに遠のく。相手を軍事力によって屈服させておいてから、折衝の条件を屈服者に押し付けるのは、「勝者の論理」だからだ。
歴代のローマ教皇は、一貫して「戦争が問題を解決しない」と主張してきた。戦争や軍事力の行使が、歴史の中に“しこり”を残すからだ。前教皇フランシスコは、人類が歴史の中で残してきた数々の“しこり”が世界各地で再燃し、「断片的な第三次世界大戦」が勃発しているとの警鐘を鳴らしてきた。さらに教皇レオ14世は就任1カ月前後にして、「キリストのみに人類の救いがある」と説き、世界平和を「福音宣教の根底」と主張。世界平和を脅かす「強権政治」との対決姿勢を鮮明にしている。
レオ14世は25日、水曜日恒例のバチカン広場での一般謁見(えっけん)の席上、「イラン、イスラエル、パレスチナにおける状況の展開を、注意深く、希望を持ってフォローしている」と前置きしながら、「一国が他国に対して剣を振るわないように」との、旧約聖書に登場する預言者イザヤの発言を引用し、「ここ数日間の流血惨事によって引き裂かれた傷痕を癒やすように」と訴えた。さらに、世界の政権担当者たちに対し、「あらゆる強権の行使と復讐心(ふくしゅうしん)の論理」を捨て、「対話、外交、平和の道を確固として選択するように」とも訴えた。教皇は、「強権の行使」をイタリア語の“prepotenza”と表現したが、その意味するところは、「強権者が弱者に対して、自身の意思を強要する」ことだ。現在の中東情勢に、この表現を適用するならば、米国とイスラエルの望む中東和平を、イラン、パレスチナに強要することであり、その和平に反対する者は「復讐」を受けるのだ。強権政権に、復讐は付きものとされる。
さらに、レオ14世は26日、教皇庁東方教会援助事業会議(ROACO)の総会参加者たちと謁見し、「東方典礼教会の地が、戦争による脅威にさらされ、(政治)利益によって枯渇され、毒素の入った吸入できない空気が立ち上る憎悪の層で覆われている」とスピーチした。カトリック東方典礼教会は、典礼的に正教会に近く、中東、ウクライナを中心に、世界に散在する。東方典礼教会の置かれている状況を、「前代未聞の悪魔的な過激戦争暴力」と評する教皇は、「ウクライナ、ガザでの悲劇的で非人間的な状況、戦争の拡大によって破壊された中東に思いを馳(は)せ、心から血が流れ出る」と嘆く。「人類の構成員である私たち一人ひとりが、これらの紛争の原因を分析し、真の原因を再確認して克服し、衝動的で美辞麗句に富んだ発言の仮面を剥(は)がし、光明によって照らしていく」ことが必要だ。なぜなら、「人々が、フェイクニュース(虚偽の情報)によって死んではならない」からだ。
米国人である教皇のウクライナ、中東の戦争状況に対する糾弾は続く。「今日、多くの状況の中で、強者の論理が幅を利かせ、自身の利益を正当化する傾向が強くなっていることを悲しむ」と述べ、「国際法や国際人道法が効力を失ってしまい、(軍事)力によって他者に自身の権利を強要する」強権政治を非難。教皇は、何世紀にもわたる戦争の歴史が、問題の解決にならなかったことを指摘し、「共通善」を基盤とする人類の一致に向けたビジョンを提示した。さらに、「再軍備や軍事的優越性が憎悪と報復を生まず、問題を解決する」などという虚偽のプロパガンダによって、「平和を望む人々を裏切るな」と訴えた。「人々は、すでにどれだけの金銭が死の商人(武器製造、通商者)に渡っているかを知っており、軍事費の転用が病院や学校の建設にどれだけ役立つかをも知っている」と明言した。