切り絵歳時記 ~柳田國男『先祖の話』から~ 4月 文/切り絵 ルポライター・切り絵画家 高橋繁行

人は死ねば子孫の供養や祀(まつ)りをうけて祖霊へと昇華し、山々から家の繁栄を見守り、盆や正月に交流する――柳田國男は膨大な民俗伝承の研究をもとに日本人の霊魂観や死生観を見いだした。今月から、戦時下で書かれた柳田國男の名著『先祖の話』をひもときながら、切り絵を使って日本古来の歳時記を絵解きしたい。

『春を招く卯月八日の山登り』

亡くなった人の霊を山へ迎えに行くことを、旧暦の卯月(うづき 四月)八日の山登りという。この風習の背景にあるものとして、『先祖の話』では「春は山の神が里に降(くだ)って田の神となり、秋の終わりにはまた田から上って、山に還(かえ)って山の神となるという言い伝え」を紹介している。山の神とは山にすむ神だ。山姥(やまんば)などおそろしげな女性の妖怪の姿をしている。

【卯月八日の神渡御の祭り】

一般に田の神は山の神になり、秋の収穫期に山にお帰りになる。卯月八日の山登りの日に、その山の神から田の神を迎える「神渡御(かみとぎょ)」という祭(まつり)がよく行われてきたことが、この日に行われる宗教行事の根っこにあるという。神渡御とは神輿(みこし)や乗物に乗って神々がお渡りになる儀式である。

この考えがあって、卯月八日に執り行われる各種の民間行事もまた数多い。代表的なのは、灌仏会(かんぶつえ)として釈迦の生誕を祝う仏教の行事日。花御堂(はなみどう)に安置された誕生仏にひしゃくで甘茶をかける仏事だ。庶民の間では、桜が咲くこの頃に農事や山野での活動時期を迎えることから、春季到来を祝う行事、飲食、遊興などが行われてきた。

例えば、東日本では農事を忌んで休日とする場合や、山神を祀ったり山開きを行ったりする風習があるという。西日本では、シャクナゲ、ツツジ、卯の花などを竹竿(たけざお)の先に束ねて庭先や木の枝に高く掲げる花立てや、卯月年忌と称される先祖の墓参り、先祖のための施餓鬼などが行われる。灌仏会は「花祭」とも呼ばれる。その名が付いたゆえんは、季節の花が活躍するこれら民間行事の習慣が仏教界へ影響したものと考えられている。

プロフィル

たかはし・しげゆき 1954年、京都府生まれ。ルポライター・切り絵画家。『土葬の村』(講談社現代新書)、『お葬式の言葉と風習 柳田國男「葬送習俗語彙」の絵解き事典』(創元社)など、死と弔い関連の著書を手がける。高橋葬祭研究所主宰。