バチカンから見た世界(21) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

現在定説になっている宇宙創生の理論の提唱者は、ベルギー人神父

宇宙が膨張していくという現象は「ビッグバン」に由来するという、今では宇宙物理学の分野では定説になっている。しかし、この宇宙創生の理論の提唱者が、バチカン科学アカデミーの重鎮で、信仰厚きベルギー人のジョルジュ・ルメートル神父だったことを知る人は少ない。バチカン天文台は5月9日から12日まで、ルメートル神父逝去50周年に際し、同天文台で『ブラックホール、重力波、空間・時間の特殊性』と題する国際会議を開いた。「ブラックホールに落ちたら何が起きるか?」「宇宙の最終的な到着点は?」「ビッグバンの最初の瞬間に何が起きたか?」といった項目が討議された。

イタリア北部トレント市で1545年から開かれた公会議で、カトリック教会が復活祭の日を正確に定める必要性に迫られ、1579年にバチカン天文台が設立された。その後、太陽観測の成果がもたらされ、1582年、教皇グレゴリオ十三世によって現行の太陽暦であるグレゴリオ暦として公布された。バチカン天文台は19世紀末、パリの天文台が提唱した「恒星位置カタログ」と「天体写真星図」を作るプロジェクトに他の17の天文台と共に参画。赤緯55度から64度の間で約50万個の天体位置と大きさを観測し、1928年には10巻に及ぶ報告書を刊行した。

宇宙には始まりがなく、量子力学による揺らぎで宇宙は生まれたとする英ケンブリッジ大学のスティーブン・ホーキング教授の「量子宇宙論」が盛んに論議されていた1998年、私は、朝日新聞の科学雑誌「サイアス」(現在休刊)に掲載された記事(「神父さんの天文台長、『ホーキング宇宙』を語る」1998年2月6日号)を執筆するために、当時のバチカン天文台長であったジョージ・コイン神父にインタビューした。神父が「地球外生物の存在を想定した場合のカトリック神学」として、「火星人がいたら、私は、彼らに対して福音を説く」と発言していたからだ。

インタビューの中でコイン神父は、「宇宙を説明するのではなく、宇宙を愛する神」について語り、信仰を「理性的でも反理性的でもなく、超理性的で、非常に人間的な行為」として説明した。そして、「人間であることが、科学者であることよりも、さらに大きな意味を持つ、と確信している」と述べた。さらに、自分と無神論者のホーキング教授との「基本的な違い」を指摘し、「彼を個人的に知っている」が、「彼の人間解釈は浅く、何が人間存在を可能にしているのかについて理解していない」と手厳しく批判したのだった。