バチカンから見た世界(20) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
米大統領が任期中に、エルサレムの旧市街やユダヤ教の「嘆きの壁」、キリスト教の聖墳墓教会を訪問したのは、今回のトランプ大統領が初めてとなる。トランプ大統領は、「中東に安全、安定と和平をもたらし、テロとの戦いに勝利し、調和と繁栄を打ち立てる、まれな機会」について力説したが、現在テルアビブにある米大使館のエルサレム移転や「2国家原則にこだわらない」としたこれまでの主張に触れることはなかった。中東の三大宗教を巻き込んでのテロとの闘い、中東和平交渉の再開を図るための最後の訪問地は、サウジアラビアとイラン双方の宗教者と公平な対話を展開するバチカンだった。
トランプ大統領とローマ教皇フランシスコは、バチカン使徒宮殿にある教皇専用書斎で約30分にわたって会談した。メキシコ国境からの不法入国を防止する壁の建設、移民や難民の受け入れ、イスラームとの関係などをめぐって鋭く対立してきた2人の指導者の会談の内容に注目が集まった。会談終了後に発表されたバチカンの公式声明文によると、「国際的な諸問題が話題に上り、外交活動と諸宗教対話を通して世界平和の促進に尽くしていくことを話し合った。特に、中東の状況とキリスト教共同体の擁護について意見を交わした」とのことだ。
一方、提供された公式写真に写る教皇の面持ちには、緊張と厳しさが漂う。教皇はこれまで、武器を売る行為を「死の商人」と呼び、「平和を説きながら武器を売ることはできない」として武器輸出国を非難してきた。会談を終えた両指導者は贈り物を交換した。教皇は、2017年の世界平和祈願日(元旦)に公表した「非暴力」をテーマとするメッセージと、一本のオリーブをモチーフにした「平和メダル」を贈り、「あなたが、平和の道具となられますように」と語り掛けた。また、世界経済のひずみが、気候変動や環境問題を引き起こし、その災害で多大な犠牲を受けるのは貧しく、弱い立場にある人々であるとの内容が記された回勅「ラウダート・シ」も贈った。
これに対してトランプ大統領は、「教皇の発言を忘れない」と約束し、バチカンを後にした。それから1週間後の6月1日、米大統領は、温暖化対策の新たな国際的枠組みである「パリ協定」からの離脱を表明した。