バチカンから見た世界(131) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

ミャンマーでのキリスト教攻撃の停止を――WCC

ミャンマーのキリスト教徒は総人口の約6%で、その8割がバプテスト教会を中心とするプロテスタント諸教会の信徒である。カトリック教会やシリア典礼派教会の信徒数は1%ほどで、キリスト教徒の大半がカチン、シャン、カヤ、チンなどの民族に集中している。

中国との国境付近にあたる同国北部を居住区とし、約170万人の人口を有するカチン族では、その36.4%がキリスト教徒だ。同民族は、ミャンマー史上でも独立志向を強く表明しており、キリスト教徒を主体とする独自の民族武装組織「カチン独立軍」を結成して中央政府からの自治権拡大や分離独立を要求してきた。

ローマ教皇庁宣教事業部(POM)の国際通信社「フィデス」は2022年10月、同年に新しく結成された、民主勢力の亡命政府による武装組織「国民防衛隊」(PDF)が、少数民族の武装組織と結束したことで、「反政府勢力の抵抗運動がかなり強くなってきた」と警告。反政府運動を展開する少数民族の中でも、「カチン族は、武器を保有する独自の軍を展開し、最も強力なグループだ」と現地から報じていた。フィデスによれば、カチン州には二つのカトリック司教区があり、バモー司教区に4万人、州都のミッチーナ司教区に10万人の信徒がいるとのことだ。カチン独立軍の民兵を含め、少数民族のキリスト教徒の間では、歴史的な自治や独立に向けた民族闘争という側面以外に、キリスト教の社会理念が標榜(ひょうぼう)する民主主義、人権、自由といった価値観に対する意識が強いのだ。ここに、軍政と闘う「国民防衛隊」との共通点がある。

同国カトリック教会ヤンゴン大司教のチャールズ・ボー枢機卿は、ミャンマーが「新型コロナウイルス、軍部によるクーデター、内紛という三重苦に耐えている」と指摘し「こうした危機的状況の中で、カトリック教会が受難の道を歩んでいる」と嘆く。なぜなら、「私たちの教会が(政府軍によって)爆撃、冒とく、破壊され、信徒たちが逮捕、虐殺され、教会関係の非政府組織(NGO)が活動を規制され、攻撃の標的となっている」からだ。

カヤ州では今年9月、キリスト教の6教会が政府軍によって攻撃され、同州とシャン州から15万人のキリスト教徒たちが隣接する州へ避難し始めているという。キリスト教の教会や施設が、政府軍に武装組織などの軍事拠点とみなされて攻撃され、多数の子供たちが犠牲となっている。仏教寺院や、その関連施設に対する攻撃も報告されている。軍事活動を終えた政府軍が、占拠していた宗教施設の周辺に地雷を埋めて撤退するケースも多いとのことだ。

カチン州では10月、「カチン独立機構」の創設62周年を記念して開かれたコンサートの会場が政府軍によって空爆され、約80人の死者が出た。キリスト教徒の民兵を主体とする「カチン独立軍」の関係筋は、「独立軍が、戦闘中でも国際人道法を遵守(じゅんしゅ)して捕虜を尊厳性を持って扱うのに対して、政府軍は人間の尊厳性を蔑視し、残虐な行動を取る」と非難している。

国連の統計によれば、政府軍によって、少なくとも142人の子供が殺害され、25万人に及ぶ未成年の避難民が発生しているとのこと。就学を放棄せざるを得ない子供たちが60~80%という統計も公表されている。

世界で起こる政治的暴力や抗議イベントなどに関する情報を収集、公開している「武力紛争の発生地とイベントデータプロジェクト」(ACLED)の統計によると、「今年6月までに、ミャンマー国軍による暴力行為が少なくとも668件起こり、1万1000人の市民が虐殺され」、そして、国連によれば、同国内で125万人の避難民が発生しており、そのうち90万3000人が内戦から逃れる人々だという。また、「国民防衛隊」はこのほど、2000人の戦闘員が戦死したと公表した。

世界教会協議会(WCC)は11月17日、「最近の(プロテスタント)教会と、その関連施設に対する攻撃が、ミャンマーにおける人道、人権、政治状況の悪化を象徴している」とする声明文を公表。同国の軍政に対して、不当に掌握した政権の返還、抗議デモの参加者に対する過度な暴力行使の停止、平和的な集会を行う権利や表現の自由の遵守、裁判にかけられず不当な拘束を強いられている人々の釈放、紛争と暴力にさらされている地域の人々に対する無条件で規制されない人道支援アクセスなどを要請した。

ロシア軍のウクライナ侵攻によって国際社会から忘れ去られつつあるミャンマーの内戦だが、この二つの紛争に共通点を挙げるならば、人間と国家の尊厳性を保持していくための最低条件である民主主義を求める国民が、軍事力による問題解決を試みる独裁政権との闘いを展開しているところにある。