バチカンから見た世界(13) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

「魂と民を失った」と懸念される欧州連合は、どこに向かうのか(下)

欧州連合(EU)の礎石となった「ローマ条約」調印(1957年)の60周年を祝う式典を翌日に控えた3月24日、ローマ教皇フランシスコは、EUに加盟する27カ国とEUの首脳をバチカンに迎えて演説した。英国が離脱するなど、EUの崩壊が懸念される中、結束を呼び掛ける内容だった。

演説の中で、教皇は、第二次世界大戦と東西冷戦という体験を経て、EU実現への基礎を築いたデガスペリ(イタリア首相)、アデナウアー(西ドイツ首相)、シューマン(フランス外相)といった欧州統一の祖師たちの構想に言及。当時、統一によってもたらされる新しい福祉、経済、社会発展、工業、商業の可能性もさることながら、欧州で培われてきた「人道、友愛、正義」の実現が構想の基盤にあったとスピーチした。

また、その構想にはキリスト教が大きく影響していると指摘。「祖師たちが、欧州文明の根源にはキリスト教があり、キリスト教なくして西洋の尊厳性、自由、正義といった価値観は理解できないと確信していた」と述べた。ウラル山脈から大西洋に至るユーラシア大陸の西を占める欧州の「魂」は、数千年間にわたり欧州文明を形成してきたキリスト教の価値観と人間観にあることを示したのだ。

さらに、教皇は、ローマ条約の理念が実効性を持ち続けるためには、人々を引きつける「生きた精神によって満たされなければならない」と主張。欧州の統一が諸国民の希望として回復するには、「EUが諸制度の中心に人間を置くべき」であり、「EUの制度と諸国民との間にできた溝」を埋めるために、「諸国民で構成される一家族」というビジョンの必要性を提唱した。

その上で、欧州に再び希望を与えるため、特に人々を排他的な社会に導こうとする現代のポピュリズム(大衆迎合主義)に対しては、「連帯」が解毒剤になると強調した。ポピュリズムは利己主義であり、実質的な「連帯」こそ対抗できるというのが教皇の見解だ。27カ国とEUの首脳に対しては、恐怖に屈し、偽りの安全に閉じこもらないことを呼び掛けた。

教皇の演説は、経済の低迷、貧富の格差、移民・難民問題などで統一の理念が揺さぶられている欧州の現状を踏まえてのものだ。排外主義が各国に広がる状況に強い危機感を表し、警鐘を鳴らしたのだった。