バチカンから見た世界(115) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

彼らは、「貧者は不正義を強要されるだけではなく、その克服のために闘う」「貧者は(政治による)解決策を待つだけでなく、その変革の主人公であることを求める」「貧者は組織を創設し、学び、働き、苦しんでいる人々同士の連帯を求め、それを実践する」ために、政治に積極的に参加する意向を表明。この人民運動には、ブラジルの「土地を持たない労働者運動」「ブラジル農民の道」、アルゼンチンの「排除された労働者運動」「アルゼンチンの人民経済のための労働者連盟」、さらに「スペインのカトリック・アクションのための労働者友愛組織」や「インドのスラム街居住者連盟」「キリスト教徒労働者世界連盟」「地中海における人命救済のためのイタリアプラットフォーム」などが参画している。それぞれの国で、キリスト教系の「人民党」の支持を得ている。

この運動は、カトリック教会の共通善(公共の利益)に基づく社会理念を根幹に据えている。「人間の尊厳」「創造(神仏が与えた被造物=自然)の保全」「社会正義」などを中心テーマとして掲げ、貧者、抑圧を受ける労働者、社会の底辺や隅に追いやられた人たちの政治参加を促すものだ。人民運動の背景には、1960年代に南米大陸のカトリック教会で生まれた基本的人権や社会正義、民主主義を推進する運動「解放の神学」(貧者の選択)がある。ちなみに、解放の神学とは、虐げられた民衆の解放のために、従来の世俗的な制度を問題視して、貧者の側に立って不公平・不公正な社会秩序の変革に立ち上がったもので、第二バチカン公会議(1962~65年)後のカトリック教会における刷新運動だ。

また、労働の価値を高く評価したアルゼンチンのペロン主義、同時に、ローマ教皇フランシスコが説いてきた社会理念や政治参加に関する確信からも強い影響を受けている。先の国だけでなく、世界各国で行き詰まっている民主主義を、再検討していくために貴重な示唆を与えるものになると期待される。

人民運動は2014年、バチカンで第1回世界大会を行った。貧困問題を取り上げ、「貧困というスキャンダルは、人間の良心の呵責(かしゃく)を少なくするために、貧者をうまく操り、害を与えさせないようにするといった政策では解決できない」と抗議の声を上げた。翌2015年にボリビアで開催された第2回大会には、40カ国から1500人を超える代表者が参加。「民の間で生まれ、貧者の間で育まれていく希望を世界に広げる」と誓った。現行の世界(政治、経済)システムが限界に直面しており、農業従事者、厳しい状況で働く労働者、さまざまなコミュニティー、村落共同体、だけでなく、「地球そのものが耐え切れなくなっている」との警鐘も鳴らした。

2016年の第3回大会は、世界60カ国からの参加者を得て、再びバチカンで開催され、「危機的状況にある民主主義の再建」について話し合われた。昨年に始まり、現在も続いている第4回大会は、オンライン開催となり、「新型コロナウイルスとの闘いは、いわば“戦争”だ。われわれにある唯一の武器は、連帯、希望、共同体意識であり、誰も一人では救われない」として、公正な世界・社会の実現と、全ての国、人との協働を呼びかけている。