バチカンから見た世界(11) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
「魂と民を失った」と懸念される欧州連合は、どこに向かうのか(上)
欧州連合(EU)の礎石となる「ローマ条約」の調印(1957年3月25日)から60年が経過した。当時のベルギー、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、西ドイツの6カ国の代表が調印したローマ市庁舎に、3月25日、英国を除くEU加盟の27カ国の首脳が集い、条約調印60周年を祝うとともに、統合の将来像を描く「ローマ宣言」に署名した。英国の離脱を前に、結束を強める狙いがあるとみられている。
ローマ市庁舎での記念式典を翌日に控えた24日、イタリアの有力紙「コリエレ・デラ・セラ」は、1面の論説で「ここのところ、欧州連合の評判は良くない。にもかかわらず、欧州の全ての国々において、欧州のあらゆる問題が公共の討論の的になっている」と論評した。また、22日付のイタリアの「ラ・レプブリカ」紙は、英国のEU離脱に加え、「米国のトランプ大統領とロシアのプーチン大統領がEUへの批判を繰り返し、欧州大陸の半数の国で(反EUを唱える)ポピュリストたちが政権の座に就く寸前にある」という危機を指摘。「EUを強化するには、市民の期待に応えていくのみ」と記した。
イタリアのマッタレッラ大統領は22日、ローマ条約の調印60周年を祝う同国の上下両院会議の席上、「欧州があたかも、自身の殻に閉じこもろうとしているように見える。各国の首脳たちは歩むべき道を知りながら、その方向に向かって歩むことをためらっている」とスピーチした。17日付のバチカン日刊紙「オッセルバトーレ・ロマーノ」の批判は、さらに厳しいものだった。「欧州統合の弱点は、EUの制度が市民の感覚から遠く離れて、その距離を広げているところにあり、この距離感にポピュリストの政治勢力が根を張ろうとしている」と分析した。また、同紙は、「EUの脆弱(ぜいじゃく)さが、難民や移民の受け入れといった大きな問題に関して分裂状態となり、常に一致した合同のプロジェクトを遂行できないでいる」と指摘する。
こうした状況に対し、EUは、「息が短く、自身の安定を外部の国に頼らざるを得ない」状況にあるとの「苦渋に満ちた認識」を表明している。24日、バチカン放送のインタビューで、欧州議会のタヤーニ議長は、第二次世界大戦の反省から国家を超えた和解と協力、平和の実現に向け、EU実現への基礎を築いたデガスペリ(イタリア首相)、アデナウアー(西ドイツ首相)、シューマン(フランス外相)が主張した「魂のある欧州」について質問を受けた。これに対し、タヤーニ議長は、欧州統合の「金融、経済の側面が、しばし、統合の価値観を曇らせた」と認めつつ、「価値観とアイデンティティー(魂)の無い欧州は、存在しない」と述べた。
22日付のイタリアの「ラ・スタンパ」紙は、バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿のインタビュー記事を掲載。この中で、枢機卿は欧州統一の祖師たちの理念を挙げ、「欧州統一プロジェクトの魂は、何世紀にもわたって欧州を形づくってきた文化、宗教、法、人間的な遺産の中に見いだせるということだ」と指摘した。さらに、ローマが条約調印の場として選ばれたのは、「ローマ市が、キリスト教を基本的な要素とする欧州共通遺産のシンボルであったから」と説明。従って、「統一の祖師たちの精神は、超国家的な機構を創設することではなく、自身の持つ資源を分かち合いながら、一つの(市民主体の)共同体を築いていくことにあった」と強調。「今日のような官僚的な制度としてではなく、市民と共に歩む共同体としてEUのあり方を考え直すことが必要」と訴えた。欧州統一の3人の祖師が敬虔(けいけん)なキリスト教徒であり、統一に向けた理念の根底にキリスト教の一致思想があることも主張したい意向を行間ににじませるインタビューだった。