バチカンから見た世界(107) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
人類家族の崩壊によって最も被害を受けるのが、「簡単に“他者”として扱われ、“僻地(=へきち=社会の周縁)”に追いやられている移民や難民を含めた外国人であり、差別や迫害を受ける人々である」と言葉を続ける教皇。人類家族は運命を共にする同じ船に乗っており、「互いを引き離す壁が存在しないように、私たちは、“他者”という(区別する)存在を生まないように努力し、大きな一つの“私たち”に向かって歩まなければならない」と訴えた。カトリック教会は「あらゆる時代を通して、カトリック(「普遍」の意)を受け入れ、実践していかなければならない」とも呼びかけた。
その上で教皇は、「神の霊(聖霊)が、私たちの違いを調和させ、互いに異なりながらも交わり合うことを可能にさせてくれる」と述べ、「(さまざまな違いを持つ)移民、難民を含めた外国人との出会いや、諸文化間対話が、カトリック教会の成長を促し、相互に豊かになることを可能にする」と示した。「現代のカトリック教会は、傷ついた人を癒やし、(人生に)迷っている人々を救うために、“僻地”に出向いていかねばならない。偏見や恐れ、そして信者の獲得という願望を捨てて、自身のテントの入り口(心)を全ての人に向けて開放しなければならない」と訴えた。
社会の周縁――“僻地”に追いやられた人々とは、移民や難民、立ち退きを迫られた困窮者、人身取引の犠牲者のことであり、教皇は彼らを救うために、カトリック教会が「人間を癒やすための野営病院」であることを願う。また、他のキリスト教諸教会、諸宗教の信徒である移民や難民との出会いが、諸教会間、諸宗教間にとって真に豊かな対話の基礎になるとも語った。
それゆえに教皇は、「私たちの未来の社会は、多様性と諸文化間関係によって育まれた“カラー写真”である」と言う。社会のあるべき究極的な理想は、「(天にある)新しいエルサレム」にあると説き、新聖都エルサレムを「平和と調和のうちに、全ての民が神の善と創造の美しさを祝う場」と定義している。そして、新聖都に到着するためには、「私たちを隔てる壁を壊し、本来は私たちが強い絆で結び付けられていることを確信しながら、出会いの文化を促進する懸け橋を築いていかなければならない」と説く。そうすることによって、今は閉ざすためにある国境を出会いのための特別区に、より大きな一つの“私たち”という奇跡が実現する場にすることができると述べた。
最後に、「私たちは、共に夢を見るようにと誘(いざな)われている」と人々を喚起した教皇。「唯一の人類家族、共に旅する伴侶(仲間)、私たちの共通の家(地球)という同じ地に生まれた子供として、(恐れることなく)共に夢を見るように」と語りかけ、メッセージを結んだ。
教皇は5月8日、新型コロナウイルスワクチンを開発する製薬企業や開発国をはじめ国際社会に向けて、「ワクチンの知的所有権を一時的に放棄するように」と訴えた。これはカトリックの信徒であるバイデン米大統領の呼びかけ(同5日)に対する支持であり、今回のメッセージにあるビジョンを基に発したものだ。