バチカンから見た世界(91) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

4月10日、バチカン広場で行われた「十字架の道行」(バチカンメディア提供)

イタリア国内で同ウイルスが猛威を振るい、サンピエトロ大聖堂と広場が閉鎖されている間、世界のカトリック信徒だけでなく、多くの人々の心と脳裏に焼き付く二つの出来事が起こった。

一つは、3月27日夕刻のことだ。教皇は、冷たい小雨が降るサンピエトロ広場で「新型コロナウイルスの終息を祈る特別なる一刻」という式典を執り行った。人影がなく、暗闇に包まれた同広場の壇上には、天蓋(てんがい)の下に一人で座る教皇の姿があった。暗黒の中、真っ白な法衣姿だけがライトアップされ、同ウイルスの脅威に対し、世界のために神からの癒やしを希(こいねが)い、祈りを捧げる式典は壮絶な様相を呈した。

教皇は説教の中で、「暗闇が、私たちの広場、道、町を覆っている」と告げ、キリストの弟子たちがガリラヤ湖で嵐に遭い、漁船の沈没を恐れて騒いだことに対して、キリストが不信仰を諭す聖書のエピソードを引用した。その上で、「私たちは、自力で何もできない。沈没してしまう。古代の人々が星を頼りに航海したように、私たちは主であるキリストを必要としている」と説き、世界に向けて癒やしの祝福を送った。

もう一つは、復活祭の2日前の聖金曜日(4月10日)の夜、サンピエトロ広場で行われた「十字架の道行(みちゆき)」(キリストの受難と死の追憶)だ。「バチカンニュース」によると、今年のテーマは『悪に挫(くじ)けることなく挑戦していく知られざる人々の苦と希望』。式典では、キリストの受難と死に関する14の場面を追憶した。

「十字架の道行」は例年、ローマの観光名所であるコロッセオで行われ、信徒や観光客ら数万人が参加する。しかし今年は、教皇と十字架を担ぐわずかな関係者のみで執り行われた。場面ごとに朗読される黙想文は、イタリア北部パドヴァ市にある刑務所に服役する受刑者と看守、刑務所付のカトリック司祭、判事たちが執筆した。中には、「私は過去に犯した罪に泣き、恥じる能力をいまだ失っていない」と胸中を吐露する受刑者のものもあった。

宵闇の中、道の両脇に置かれた燭台(しょくだい)の炎は微風に揺れ、ほのかな光によって照らし出された今年の「十字架の道行」。例年の式典と違って観光的な要素がなくなり、宗教的にも、実存的な点からも、より深い内容のものとなった。