バチカンから見た世界(7) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
狂信主義、過激派、暴力に共闘するアズハルとバチカン
「アラブの春」と呼ばれる民衆運動のさなか、2011年10月9日にエジプト・カイロで、ムスリム(イスラーム教徒)と同じ権利を訴えデモを行っていたキリスト教コプト正教会の信徒と治安部隊が衝突し、26人の信徒が死亡し、300人が負傷した。当時のローマ教皇ベネディクト十六世は、信徒殺害を非難し、信徒への連帯を表明。一方、カイロにあるイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」は、教皇の発言を「内政干渉」として批判し、バチカン諸宗教対話評議会との対話を「凍結する」と発表した。しかし、この5年間、バチカン諸宗教対話評議会は、イスラーム内部での改革に関して主導的な役割を果たしているアズハルとの対話再開の道を模索してきた。その努力が功を奏したのは昨年5月23日。アズハルのアハメド・タイエブ総長がバチカンを訪れて教皇フランシスコと懇談し、対話が再開された。
そして迎えた今年。バチカン諸宗教対話評議会は2月21日、バチカン記者室を通して同月22、23の両日に同評議会のジャン・ルイ・トーラン枢機卿、次官のミゲル・アンヘル・アユソ・ギクソット司教と駐カイロ教皇大使が、アズハルで開催される合同セミナーに参加すると発表。セミナーのテーマは『神の名による狂信主義、過激派、暴力に対処していくためのアズハルとバチカンの役割』と伝えられた。
会議終了から2日経った25日付のイタリア日刊紙「ラ・スタンパ」は、カイロでのセミナーの内容を報道し、タイエブ総長のインタビュー記事を掲載した。この中で、総長は、アズハルが主催した、普遍的平和や西洋(欧米)と東洋(イスラーム圏)の間での平和共存といった基本的問題に関する「イスラームとキリスト教青年の対話」に、「計り知れない信頼を寄せる」と語っている。また、「青年たちが平和、慈しみ、諸国家間の協調のメッセンジャーとなり、過激主義や憎悪に対処してほしい」と期待を述べた。
さらに、イスラーム圏の少数派宗教の擁護について尋ねられた総長は、預言者ムハンマドによって制定された「メディーナ憲章」を「諸民族と諸宗教間における真の共存を謳(うた)った史上初の憲章」と評価しながらも、少数派宗教の問題は、宗教的視点からではなく、「(一国家の同じ)市民」の問題として対処されるべきだと主張。「どの宗教に属するかによって個人の権利と義務が定められるのではなく、市民権によって保障されるべきだ」と述べ、政教分離の原則の下での市民の平等を確認した。イスラーム圏での女性の権利についても質問がなされ、総長は、「宗教が原因ではなく、社会、伝統に由来するものだが、イスラームは、その差別を完全に取り除けてはいない」との見解を示した。
一方、記事の中で、「過激派やその運動は、イスラームの本質と真理を表すものではない」と言明。シリアやイラクでの紛争、世界で発生しているテロ攻撃の原因は、宗教の違いを利用してイスラーム諸国を分裂させようとする数カ国の政治的な意図であると強調した。その上で、「イスラーム」を掲げて欧州で起きている過激主義に対処するには、真のイスラームの価値観を理解することが必要と訴えている。