バチカンから見た世界(82) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

欧米の極右政治勢力やキリスト教原理主義者たちを結び付け、国際的なポピュリスト勢力に育成しようと欧州各国で動く、トランプ政権の元主席戦略官のスティーブ・バノン氏。オーストリアにおいても、ドイツ民族(アーリア人)や自国の至上主義を唱える極右ポピュリズム政党の「自由党」が、最近崩壊したクルツ中道右派連立政権の一角を担っていた。今年の5月に施行された欧州議会選挙においても、過半数は獲得しなかったものの、ポピュリスト勢力の躍進は著しかった。

立正佼成会の憂慮する「オーストリアにおけるKAICIIDの不安定な地位」にまつわる問題は、こうした複雑な国際情勢を背景に生まれてきたものだ。排斥と対立を主張するポピュリスト勢力が世界中で台頭している現状にあって、世界の諸宗教者は何をなすべきか――その回答と行動が求められている。

その答えの一つとして、ローマ教皇フランシスコとイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」(エジプト・カイロ)のアハメド・タイエブ総長は、「人類の友愛に関する文書」に共に署名することによって表した。対立と分断のイデオロギーによって、「断片的に戦われる第三次世界大戦」(教皇)へ突入していく状況に対し、両指導者は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームに共通の神(アブラハム信仰)によって創造された宇宙において、全人類が兄弟姉妹であり、平等であるという包摂的なビジョンを提示した。現行の国際政治のビジョンからは、過去に二度にわたって世界大戦へと突入させていった、自国至上主義のイデオロギーしか出てこないからだ。

中東で生まれた三つの一神教の教えと、その統一思想を、カトリック教会とイスラーム・スンニ派の最高指導者が、世界に向けて投げ掛けたのだ。両指導者の署名が行われたアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビでの「人類友愛のための国際会議」には、立正佼成会から庭野光祥次代会長が出席した。壮大な宇宙観を基盤とする一乗の教えを根底に持ち、歴史的には、群雄割拠する中央アジアにおける統一思想として編纂(へんさん)されたといわれる法華経を所依の経典とする、在家仏教教団の次期指導者としての証しだった。

教皇とタイエブ総長が、人類の友愛を実現する手段として提唱したのは、「対話」だ。その対話は、相手がどのような立場をとろうとも、門戸を閉鎖する、あるいは経済制裁や軍事力によって相手を屈服させるようなことはしない。立正佼成会がアラブ・イスラーム圏における諸宗教対話を促進するプロジェクトに招待されたのは、この地域における全体的な社会改革を支援することでもあった。アラブ・イスラーム圏においては、サウジアラビアのように政教一致を原則とする国家が多く、諸宗教対話の促進が国民の新しい精神性の形成に向けて、想像できないほどの影響力を行使するといわれているからだ。サウジアラビアが長い年月をかけ、国の内部から全体的な改革を遂行できるよう対話を通して支援していくように――「人類の友愛の文書」は呼び掛けているようだ。対話が、愛と慈悲の方便だから。

さて、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで1994年7月18日、ユダヤ人組織のアルゼンチン・イスラエル共済組合(AMIA)会館で爆破事件が発生し、85人が死亡した。後に、当時のクリスティナ・デ・キルチネル大統領が、爆破事件に対するイランの関与を隠蔽(いんぺい)した容疑で司法権から追及された事件でもある。

ローマ教皇フランシスコは当時、ブエノスアイレスの補佐司教を務めていた。ブエノスアイレス出身の現教皇は、AMIA本部ビル爆破事件から25年を迎え、このほどメッセージを発した。その中で、「人類一大家族を構成している個人の権利と義務を、良心に訴える哀しい記念日である」と評しつつ、「宗教が戦争へ向けて人間を扇動し、突き進ませているのではない。非理性的な行為を実行する者たちの心の暗部に原因があるのだ」と非難した。

「断片的に戦われる第三次世界大戦」といった状況が東洋から西洋へと国境を越えて移り、残忍な様相を呈しているとし、「花嫁を『戦争未亡人』にし、息子や娘たちを孤児にしている」と指摘。そうした暴力が「神の名を使うという、神への冒とくによって実行されている」と憂いながら、しかし、「神は、私たちが兄弟として共存するように呼び掛けられており、この友愛が私たちを抱擁し、あらゆる地理的、イデオロギー的な相違を超えて、私たちを結び付けている」と説いた。そして、「私たちは、全ての人々が人類一大家族を構成しているという友愛の意識を、尊重と寛容の価値とともに、次世代に伝達していかなければならない」と訴えた。