バチカンから見た世界(43) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
対話するブッダとキリスト――アングリマーラと福音史家の聖マタイ
『仏教徒とキリスト教徒が共に歩む非暴力への道』を総合テーマに、11月13日から16日まで台湾の霊鷲山無生道場で行われた「第6回仏教徒・キリスト教徒会議」の席上、バチカン諸宗教対話協議会議長のジャン・ルイ・トーラン枢機卿は、仏教徒に「どのようにして、愛徳をもって真理を語るかについて学び合おう」と呼び掛けた。さらに、両宗教間の対話を促進し、共通の価値観を基盤とする協力関係の構築に向けて発展させる提案をしたことは、前回の本連載で報告した。
今回は、仏教徒とキリスト教徒の協力の根源となるものについて、枢機卿のスピーチから、さらに詳しく探ってみたい。
トーラン枢機卿はスピーチの中で、釈尊の弟子であるアングリマーラに触れ、次々と人の命を奪い、民衆に恐れられていたアングリマーラが釈尊と出会ったことで教化され、自らの罪を悔いて改心し、やがて悟りを得た生涯を説明。「人間は、過去がどんなものであっても、それとは関係なく、霊的に進歩する能力を有している」とし、アングリマーラの人生は「変貌できる証である」と述べた。
また、ローマ帝国の取税人で、強権者に仕えて民を抑圧する象徴としてユダヤ人から蔑視されていたマタイが、キリストに出会い、改心してキリストの十二使徒、福音史家になり、聖人としてあがめられるようになった経緯を紹介。アングリマーラやマタイを例に、どのような人にも救いの道を閉ざさないという根源的な教えを両宗教が有しており、それが釈尊やキリストとの出会いによって始まった事実を詳述した。これを踏まえ、仏教徒とキリスト教徒は、誰に対しても無関心であってはならず、人との出会いと救済に至らしめる文化を培っていかなければならない、と強調した。
しかし、世界では今、各地で「政治状況に起因する対立によって数限りない復讐(ふくしゅう)行為が生み出されている」とも指摘。「それぞれの民族、宗教、文化を“アイデンティティー”に持つ紛争の世紀として、21世紀という時代が特徴づけられている」と分析した。
トーラン枢機卿はこうした国際情勢に対し、仏教とキリスト教は「紛争や緊張を生み出している社会や経済、政治の問題要因に迫り、“予防の文化”の促進を協働できる」とした。具体的には、「苦しみにあえぎ、傷つきやすい人々の擁護」「無差別な軍事活動への非難」「言語、身体、性、心理的な暴力(攻撃)の拒絶」「子供と両親の良好で安定した関係の構築」「女性への暴力の防止」「われわれの共通の家である地球環境の保全」「包括的に問題を解決して社会を構築するための、あらゆるレベルでの対話の促進」などを挙げ、仏教徒とキリスト教徒がこれらを達成することで、「予防の文化」が築かれると主張したのだった。
一方、11月29日、ミャンマーを訪問中のローマ教皇フランシスコは、同国の仏教の出家修行者組織「国家サンガ大長老会議」のメンバーと会談した。席上、教皇は、この出会いによって、「仏教徒とカトリック信徒間における友愛の絆と互いの尊敬の念を新たにし、一層強めていく」との意志を表明。さらに、この同国への訪問やこの会談は「平和や全ての人の尊厳の尊重、あらゆる男女に対する正義が達成されるための努力を再確認する機会でもある」とスピーチした。
こうした努力が必要なのは、「ミャンマーのみならず、全世界において、人々が諸宗教指導者による共通の証を必要としている」からであり、「人類はあらゆる時代で不正義や紛争、不平等といった苦難を体験してきたが、現代では、この困難さが特に大きなものになっている」との認識による。その上で、教皇は「われわれは霊性や伝統に従って、それぞれが癒やしや相互理解、相互尊重へと向かう道を歩み、前進していく術(すべ)を知っている」と語り、「その道は、慈しみと愛を基盤をしている」語り、協調・協力を呼び掛けた。