栄福の時代を目指して(16)〈後編〉 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

選挙分析からの展望――価値の訴えと幅広い政策による得票最大化
そして実は、このような解釈は、私たちの選挙分析(参院選)に基づいて考えると、この連合の得票を最大化する可能性が高い。選挙分析では、各党のコア支持層・ソフト支持層・棄権と投票(予定)を分析した。
この連合に限定して整理すると、公明党支持層ではコア・ソフト支持層の中で棄権に回る人が相当多かった。これは、当時の公明党が与党として、裏金問題などで批判を浴びており、理念面で支持層の離反を招いていたと解釈できる。
他方で、立憲民主党支持と価値への関心は関係が深かったが、支持層には棄権する人が多かった。この政党はリベラリズムに即して価値を訴えなかったので、得票には結びつかなかったと推定できる。逆に、価値に関心を持つ人には参政党や日本保守党のような極右ポピュリズム政党に投票する場合が相当多かったのである。これらの政党の支持層では、宗教性・聖性と物質主義が双方とも高かったので、国家主義的ないし擬似的な宗教性に親和的だと解釈できる。
他方で、立憲民主党のコア支持層には、原発政策や安保法制に関しては、中道左派的な意見が多かった。つまり、立憲民主党の得票は、実際にはこれらの政策によって支えられていたと考えられる。
この分析から中道改革連合について考えてみよう。公明党支持層は、野党となってこの理念に共鳴する人が多いと考えられるので、棄権に回る人が減り、投票に回る人が増えるのではないだろうか。
他方で、立憲民主党に関しては、価値が綱領などに含まれるようになったので、支持層が増え投票にも結びつくかもしれない。
問題は中道左派の政策的支持層の行方だが、希望の党の時のような「排除の論理」で中道左派が排除されてしまうと、この党のコア支持層は離反して、左翼政党などに投票するだろう。しかし、上記のような綱領になったので、「排除の論理」は取られず、多くの議員も参加することになったと報道されている。そこで、コア支持層もこの連合を支持する可能性がかなりあると推定できる。
ただ、左翼政党は中道改革連合を右寄りと批判し始めているので、立憲民主党出身の議員は、むしろ、先述のように綱領を理解して、元来の政策は基本的に不変であると訴えた方が、立憲コア支持層の投票可能性が高まる。この方が、中道改革連合にとっては得策だろう。
このようにすると、価値の面で、距離を置いていた両党の支持層が新党支持に向かい、政策の面で、離反する可能性があった中道左派も支持を継続するという可能性が増大する。この方向だと、支持層との関係で得票が最大化する可能性も考えられそうだ。
「平和への大結集」への展望――宗教的・倫理的な基礎を持つ政治への飛翔
すでに述べたように、私たちは今、亡国へと傾きかねない「国難」の只中にいる。だからこそ、党派の違いを超えて、良識と理性、そして倫理的責任感を共有する人々が結集し、政治の方向を立て直す必要がある。中道改革連合という「平和への結集」は、その一つの現実的な結節点となり得る。
とはいえ、この結集を行った2政党だけでは必ずしも十分ではない。選挙中も、さらに広い連携を組んで権力に対抗するのが理想だ。それが実現できなくても、総選挙後には参院議員や地方議員がこの連合に加わるという段階で、理念や基本政策をさらに練って、より高度なものとする機会があり得るだろう。また、総選挙の結果がどのようなものであっても、参議院においては両党だけでは到底過半数に及ばないから、今後の政治においてはさらに幅広い連合を形成することが不可欠である。
よって、中道右派・中道左派がブリッジとなって、理性的な穏健保守や左翼も含めて、極右ポピュリズムに対する「平和への大結集」が形成されることが望ましい。中国の三国志における「赤壁の戦い」にたとえれば、中道改革連合は、覇権的な大国「魏(ぎ)」に対して、「劉備(りゅうび)や孔明(こうめい)によって正義の旗を掲げる「蜀(しょく)」が急きょ作られたようなものだろう。権力を握っている極右ポピュリズムに対しては、これだけではなく、他の勢力が連携して抗い、理性的な民主主義を再建する必要がある。上記のような理想主義的現実主義は、理想主義の点で左翼と、現実主義の点で穏健保守と連携する可能性を広げるだろう。
同時に、この結集の中核に、「蜀」のように、倫理的・精神的理念が定礎されたことの意義は大きい。倫理なき権力運用と民主主義の空洞化という、切迫した脅威に対して、倫理と精神性を政治の中心に戻そうとする試みが、抽象的な理想論ではなく、現実の政治連合として姿を現したからだ。
危機は同時に転機でもあり、飛翔への機会でもある。倫理的中道と価値の共創という視座は、分断と不信を超え、政治を再び人間のもとへ引き戻すための道筋を示している。この視座は、特定宗教に限定されるべきものではなく、仏教、キリスト教、(国家主義的ではない)神道といった多くの宗教的・精神的思想へと広がり、それらに支えられるべきものだ。宗教間協力が政治へと展開するという形にもなり得る。
特定の宗教を政治に持ち込むことではなく、健全な諸宗教が育んできた倫理性や精神性を、誰もが共有できる形で公共世界に甦(よみがえ)らせること――それこそが、分断とポピュリズムの時代における宗教と政治の新しい関係である。宗教的伝統に育まれた倫理と精神性を、公共哲学として再定式化し、熟議と賢慮によって現実化していくこと。それは決して非現実的な理想ではなくなった。
「天下分け目の関ヶ原」に立つ今、私たちに求められているのは、倫理と理性・良識に基づく選択である。それは切迫する脅威を回避するためであるとともに、その先に展望し得る「栄福の世界」という倫理的・政治的理想への道を切り開く可能性を持つ。その選択の栄光と責任は、政治家だけでなく、私たち一人ひとりに委ねられている。
プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。





