栄福の時代を目指して(16)〈前編〉 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

「平和への結集」の迅速な現実化――中道改革連合による徳義共生主義の出現

こうして1カ月も経たない内に先鋭化した極右ポピュリズムに抗するために、先月に私は、「平和への大結集」として、「倫理的中道」による織りあわせ術と大同団結を提案した。専制権力への抵抗や自由の擁護を旨とするリベラリズム政党と、倫理性・精神性・公正性を重視する宗教政党が、それぞれの美点を生かして、リベラル・コミュニタリアニズムの思想を現実に反映させることはできないだろうか、と。リベラル・コミュニタリアニズム、すなわち「徳義共生主義」とは、自由と権利を重視する自由主義と、倫理や共生を重んじる共生の考え方を統合する思想である。

するとどうか。これが速やかに実現したのだ。私自身は近未来の必要性と潜在的可能性、その流れの勢い(モメンタム)を読み取って提案したのだが、それがまさに大局的なリアリティーに即していたのだろう。あたかも、同じように祈る人々の願いに天が感応したかのようだ。現実にこのビジョンを具現化された関係者の方々の知恵と決断、尽力に深い敬意を表したい。

現実に担い手となったのは、今のところ、立憲民主党と公明党だ。新党は中道改革連合と命名された。極右ポピュリズムと中道連合軍が対峙(たいじ)することになった。関ヶ原の戦いにおける両陣営のようだ。

もっとも、私の提起した「平和への大結集」においては、ポピュリズムに抗する全ての政治勢力を想定して、格差問題の解決を主張する左翼政党や、良識的な保守政治家もその要素として挙げている。だから、現実化したのは、その中核となる「平和への結集」と呼ぶべきだろう。それでも、この現実化のスピードには、驚きを禁じ得ない。

この観点から、中道改革連合の綱領・基本政策を分析してみよう。ここにもまた驚きがある。そこには単なる政党再編を超えた、思想的に注目すべき萌芽が見て取れるからだ。最大の特徴は、リベラルな価値とコミュナル(共生的)な価値が、共存している点にある。

綱領/基本政策の文言の内、「多様性、格差の是正、ジェンダー平等、多文化共生/立憲主義、個人の尊厳と自由、包摂、マイノリティ、人権、法の支配」といった理念は、立憲民主党が重視してきた自由主義的(リベラル)な原理であり、「中道、共に生きる社会、責任ある政治、生命・生活・生存、人間主義、幸福、共生、責任」などは、公明党が重視してきた倫理的(コミュナル)な価値であって、いずれか一方に回収されることなく並置されている。これは従来の日本政治では見られなかった構図であり、その意味で、この綱領は新しい起点に立っている。

よって、「自由」と「共生」という言葉が象徴するように、思想的には、ここには「リベラル・コミュニタリアニズム」が芽吹いている。つまり、徳義共生主義の連合が、期せずして誕生したと理解できるのである。誰かがこの思想を念頭において作ったというよりも、まさに必要性から生成したと言えよう。

もとより、今は、急いで作った文書だけに、対話が始まって、ようやく形を取った段階だろう。「連合」を構成した両党の理念を並列させたという側面が強い。思想的に言えば、いま提示されているのは「連合」の姿であり、今後の課題は、それをより深い次元での統合へと進めていくことにある。リベラルとコミュナルという二つの潮流が、相互に補完し合いながら、一つの政治的理念として成熟していくとき、それは単なる国内政治の工夫を超え、世界史的に見ても価値ある新しい政治の創造的な生成となり得る。

そのためには、この連合の結成が、二つの政党の合流という形ではなく、この綱領や基本政策への共鳴に基づく参加という形を取ったことには意味がある。なぜなら、この2政党だけではなく、これに賛成する人々がさらに結集することが可能になるからである。そして今は並列されていても、2系列の理念が選挙協力などを通じて真に統合されていけば、まさに一つの思想、つまり徳義共生主義へと生成的に発展していくことが可能になる。これまで対立していた二つの理念と政党が、対話を通じて高次の統合に至るという可能性であり、哲学ではこれを「対理法的(弁証法的)止揚」と呼ぶ。この可能性を開くために、以下では主要点を説明しつつ、さらに提案を行ってみよう。

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