食から見た現代(19) 冷えたままのコンビニ弁当  文・石井光太(作家)

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野口氏は話す。

「うちに来る人の8割は仕事を見つけて出ていきます。建設、工場、運送、サービス業などが多いですね。出所者の場合はハローワークだけでは難しいので、保護観察所を通して神奈川県就労支援事業者機構に紹介してもらったり、うちに理解のある企業を紹介したりします。以前働いていた職場に雇用してもらう人もいます。ここを出た後は、25%は自分でアパートなどを借り、27%は会社の寮に移り住んでいます」

保護観察所や更生保護施設は、出所者を積極的に雇用する協力雇用主と呼ばれる企業とかかわりがある。そこを介すことで、ほとんどの者が2、3カ月で新たな職場と住居を見つけることができるそうだ。

ただ、近年は高齢だったり、障害があったりする出所者も多いため、彼らに関しては障害者用や高齢者用の福祉施設につながることになる。生活保護を受ける場合は、施設に滞在している間は受給が認められないので、いったん川崎自立会を出てから役所で必要な手続きをするらしい。

私は話を聞きながら、更生保護施設に来た人々が、数カ月という期間を定められ、追い立てられるように仕事と住居を手に入れたとしても、更生するだろうかと疑念を抱かずにいられなかった。

たしかに衣食住を確保しさえすれば、自力で生活していくことは可能だろう。だが、鳥取刑務所で会った受刑者たちは、それ以前のところで犯罪をくり返しているケースが大半だった。

彼らは子ども時代に様々な逆境体験をしたことでアイデンティティーが歪(ゆが)み、人を信頼したり、自分を大切にしたりする気持ちが奪われ、身勝手なことばかりしてきた。それによって社会に居場所が見つからなくなり、自暴自棄になって犯罪をくり返していた。

そんな彼らが、簡単な仕事と住居を手に入れたからといって、内面まで大きく変わるだろうか。それが極めて困難であることは誰の目にも明らかだ。再犯率がこれだけ高くなっている背景には、そうしたことがある。

そのことを問うと、野口氏もうなずいて言った。

「その通りだと思います。川崎自立会で働く職員は元刑務官、元保護観察官、元副検事など犯罪や更生とかかわりがあった方も多いのですが、私はまったく違う畑から来ました。最初に感じたのは、なんでここに来る人たちは噓(うそ)ばかりつくのだろうということでした。本当にどうでもいいような、つかなくていい嘘まで平気でつくのです。

話を聞きながら感じたのは、彼らが恵まれない家庭や環境の中で生きてきたということでした。彼らは幼い頃から嘘をつかなければ自分を守ることができなかった。だから、つかなくてもいい嘘をついてしまう。それで周りからの信頼が失われ、結果として彼らはいっそう生きづらくなっていく。私は彼らのそういう部分と向き合っていくのが更生に欠かせないことだと考えています」

彼らが更生保護施設に滞在している間に改善していかなければならないことは山ほどある。中でもあえて大切なものを一つ選ぶとしたら何か。

野口氏は間髪入れずに答えた。

「自尊心を育むことです。彼らは厳しい成育歴の中でちょっとした自尊心を得ることができないまま大きくなりました。それゆえ、『どうでもいい』『自分は必要とされていない』『信用したらバカを見るだけ』といった気持ちになっている。それがある限り、いくら給料の高い仕事を見つけたとしても、また同じ犯罪をしかねません。

3カ月は短い期間ですが、私たちがしなければならないのは、就業や食事の支援だけでなく、日々の触れ合いの中で自尊心を回復させることだと考えています。それができれば、再犯率を少しは下げられるのではないでしょうか」

野口氏が指摘するように、更生保護施設に滞在する平均3カ月という期間は、逆境体験を重ねてきた大人が自尊心を回復させるには決して長い時間とは言えない。だからこそ、施設を出た後の支援が必要になる。

具体的に言えば、彼らを雇用した協力雇用主がそうした取り組みを行うとか、地域の人々がかかわるとか、更生保護施設がフォローアップをするといったことだ。むろん、それには相応の金がかかるが、それを省略して犯罪が起これば本末転倒だ。

野口氏は言う。

「国もそこらへんは理解していて、新たに予算をつけるべきではないかという話にはなっています。しかし更生保護施設がフォローアップすれば、その人が出所者であることの証拠になってしまいます。それゆえ逆に、更生保護施設を出た人たちの社会復帰の邪魔になりかねない。そこらへんが難しいところですが、何がベストかは様々な取り組みをしながら答えを見つけていくしかないと考えています」

インタビューを終えた後、私は野口氏の案内で地域交流室の正面にある食堂を訪れた。食堂にはテーブルのほかに、自由に利用できる冷蔵庫、電子レンジ、トースター、その他調理器具が置かれている。

ちょうど昼だったこともあり、50歳前後の男性が2人、コンビニで買った弁当を食べていた。温めていないのか、冷たくごわごわとした白米をスマホを見ながら無言で口に運んでいる。私が挨拶をしたものの、彼らから返事が返ってくることはなかった。

私はふと鳥取刑務所で受刑者から聞いた言葉を思い出した。

「僕は中学で施設に入るまで、12年くらい母親と妹と暮らしてきましたが、一度として一緒にご飯を食べたことがありませんでした。母が残した酒のつまみか、学校の給食から盗んできたパンを1人で食べるだけ。だから、テレビで見る家族団欒(だんらん)とか、おふくろの味とか想像もできないんです」

食堂にいた2人の男性がどういう人生を送ってきたのかはわからない。ただ、電子レンジがあるにもかかわらず、冷たいコメを飲み込むように食べつづける姿を見て、あの言葉を重ねずにはいられなかった。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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