食から見た現代(17) 食べるのが苦手な子どもたち〈前編〉 文・石井光太(作家)

写真はすべてNPO法人「はぐもぐ」提供
「食べるのが苦手な子どもが増えました。食べることに関心を示さなかったり、嫌がったりする子がとても多いのです」
保育園や小学校では、ベテランの先生たちがそう口をそろえる。給食で少食や偏食の子どもが目立ち、指導に困っているというのだ。
これはそのまま、親の悩みでもある。ご飯を作っても、子どもが無関心でほとんど箸をつけようとしない、調理中の匂いをかいだだけで吐いてしまう、おにぎりやうどんなど特定のものしか口にしようとしない……。
2024年、大塚製薬が「子どもの食育とデジタル活用に関する調査」の結果を発表した。これによれば、親の6割以上が子どもの偏食や食わず嫌いに悩みを抱えており、7割以上の親が栄養バランスの偏りを感じているという。
子どもによって程度の差はあるだろう。軽度の場合もあれば、医師から「小児摂食障害」と診断される場合もある。ただ全体的に言えば、親の3人に2人くらいが子どもの食について困りごとを持っているのだ。
食の偏りがあれば、子どもたちの身体に十分な栄養がいきわたらず成長が阻害されたり、健康リスクが高まったりする可能性がある。それゆえ、親たちは子どもの健全な成長を願い、「食べなさい!」と叱りつけたり、「一口でいいから食べてね」とだましだまし説得したりする。だが、そう言われれば言われるほど、子どもたちは食に対する苦手意識を膨らますようになる。
少なくない数の親たちがこのことで頭を抱えているのは明確だが、社会には問題を解決するための環境が整っているとは言い難い。市役所に専門の相談窓口が設置されているわけではないし、保育園や学校の先生も対策法を持ち合わせているわけでもない。専門の医療機関を見つけるのも困難だ。
このような親の苦悩に寄り添い、情報を提供したり、相談を受けたりしている人物がいる。福岡県を拠点にしたNPO法人「はぐもぐ」の代表・小浦ゆきえ氏(48歳)だ。小浦氏は同団体のメンバーと共に、子どもの食の問題に関する情報サイト「はぐもぐ」を運営しつつ、教育機関などで研修を手掛けたり、民間企業の経営者として栄養補助食品の開発・販売を行ったりしている。
子ども食堂などを手掛けるNPOはあまたあるが、子どもの少食や偏食に取り組んでいるところは意外に少ない。小浦氏はここに目を付けた経緯を次のように話す。
「最初は私の息子の病気がきっかけだったんです。離乳食が終わる頃から食が細くて困っていたのですが、4歳の時にミトコンドリア病という難病がわかり、成長ホルモンの分泌不全だったと判明したんです。簡単に言えば、体が小さい上にすごく疲れやすいのでしっかり食べることができていなかったのです。
この病気は根本治療がなく一生付き合っていかなければならないので、私としてはなんとか栄養をとらせる必要がありました。市販の栄養補助食品などを試してみたのですが、なかなかバランスよく栄養を底上げするものがなく、それなら自分で作ってみようと思い立ったのです」
小浦氏は子どもの栄養を支えるラムネ状のサプリ「mog(モグ)」や、ごはんにかけるための「mogふりかけ」などを考案し、息子だけでなく一般の子ども向けにも発売した。
- MOG
- MOGふりかけ
まず、乳幼児期の子どもについて、小浦氏は次のように話す。
「子どもの食の問題は、乳幼児期と就学した後では取り組み方が多少異なるので分けて考えた方がいいかもしれません。乳幼児期には、ミルクから離乳食、そして固形物を食べるまでの一連の流れがあります。育児本には、月齢に沿って何カ月の子は何を食べるというのが表になっています。
ここで注意しなければならないのは、これはあくまで目安だと捉えなければならないということです。子どもの成長には個人差があり、必ずしもみんなが同じスピードで育つわけではありません。親や支援者がそこを取り違えることによって、離乳食の途中でつまずくことがあるのです」
ある育児本を開いてみると、離乳食初期は生後5~6カ月、離乳食中期は生後7~8カ月と記されている。だが、わが子が本当にその段階まで体が成長しているかどうかは別の話だ。その月齢に達していても、顎の筋力や歯の発達が遅れていれば食べるのは難しいし、安定して座ることができなければ飲み込むこともままならない。
特に近年は親が高齢で産んだり、低出生体重児として誕生したりする子が増加傾向にあるので、子どもの成長には余計に差が生じがちだ。育児環境の違いも大きい。たとえば公園で遊び回ったりする子と、マンションなど限られた空間ですわって過ごす子とでは、身体機能に違いが出て、それが食生活に影響を及ぼすことがある。
こうしてみると、現代は子どもの成長が多様になりやすい時代だと言えるだろう。にもかかわらず、今の社会には親の不安を駆り立てる要素が氾濫しているという。典型的なのがインスタグラムをはじめとしたSNSだ。
子育て中の親が、SNSによってわが子の成長を発信することは日常となっている。だが、アップロードされる映像や動画の大半は「健全な成長を示すシーン」ばかりだ。子どもが食事を渋っているシーンはひた隠しにされ、美味しそうにもぐもぐと食べているシーンだけが並べられる。よその親がそれを見れば、「もしかしたらうちの子は成長が遅れているのかも!」と必要以上に動揺するのは仕方のないことだろう。
小浦氏はこの危険性を述べる。
「親が焦ってしまうと、無理に食べさせようとすることがあります。『みんな食べているんだから』『これ食べなきゃ背が伸びないよ』と言って口にさせようとする。『一口だけ』と言っておいて、食べられたら『あともう一口』ともっと食べさせることもあるでしょう。監視するようにじっと見つめて口の中を確認する親もいます。
子どもたちにしてみれば、そんなことを毎日のようにされれば、いっそう苦手意識を膨らましてしまいます。実際に乳幼児期には、親の過干渉によって食事から距離を置くようになったという子が少なからずいるのです」