栄福の時代を目指して(6) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

驚愕の世界史的事件

読者の皆様は、映画『スター・ウォーズ』をご覧になったことがあるだろうか。宇宙の銀河共和国を守るジェダイ評議会を中心に共和国の盛衰や再興を描く物語だ。この中の『エピソード3/シスの復讐』における忘れがたい衝撃的なワンシーンとして、共和国のパルパティーン最高議長が実は、悪の中心である暗黒卿ダース・シディアスだったことがわかる映像がある。議長を徐々に信じてきた若きアナキン・スカイウォーカーは、それを知って初めは倒そうとしたものの、心理的誘惑にかかって操られてしまい、議長を逮捕しようとしたジェダイのNo.2(メイス・ウィンドウ)を殺してしまう。この結果、スカイウォーカーは暗黒面に落ちて暗黒卿ダース・ベイダーとなり、他の多くのジェダイも倒されて共和国は崩壊し、暗黒卿が操る銀河帝国へと変化してしまうのである。

さて、私がこのシーンを思い出したのは、アメリカ・トランプ政権の振る舞いに、同じように衝撃的な映像を見聞したからだ。まずは、副大統領JD・バンス氏が、ミュンヘン安全保障会議(2月14日)における演説で、実際にはドイツの排外主義的な極右政党「ドイツのための選択肢」と会談した後で、この政党との協力を拒否する主要政党を批判して、最大の問題はロシアでも中国でもなく、欧州自身にあり、右派や保守派の言論が抑圧されて「言論の自由が後退している」と欧州を糾弾した。これに欧州諸国は震撼(しんかん)し、NATO(北大西洋条約機構)を軸に、これまで自由と民主主義のために固く連帯していたはずのアメリカが、まったく別の存在へと変わってしまったことを認識した。

さらに、ドナルド・トランプ大統領とバンス副大統領が、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談した際の口論(2月28日)が全世界に放映された。バンス氏が「一度でもアメリカに感謝を示したか」と迫って言い合いになり、次のように展開した。

トランプ「あなたは、今いいポジションにない。カード(切り札)を持ち合わせていない。……」

ゼレンスキー「カード遊びをしていない。戦争だ」

トランプ「カード遊びをしている。数百万人の命を賭けている。第3次世界大戦で賭けている。支援してきたこの国に大変失礼だ」

こうして、希少資源をめぐる協定への署名は行われず、協議は決裂した。

この二つの歴史的事件を通じて、全世界が直視せざるを得なくなったのは、共和制国家アメリカの中枢が、これまでのような自由と民主主義の旗手ではなくなり、むしろ極右に近い発想を持ち、ウクライナよりも独裁国ロシアに親近感を持っていて、ウクライナに譲歩を迫っているということである。

同時に、トランプ政権は補助金削減などでコロンビア大学(3月7日)をはじめ大学に圧力をかけて学問の自由を減殺しつつあるし、留学生向けのフルブライト奨学金などへの助成も停止した。また、移民規制や連邦政府縮小政策に対して連邦地裁が差し止め命令を出しており、連邦地裁判事の弾劾を求めて最高裁長官が反論した(3月18日)ように、司法とも軋轢(あつれき)を起こしている。

だからこそ、アメリカ国内でそれを自覚した人々が大規模の抗議集会を行い、大統領選の民主党予備選挙で繰り返し注目されてきたバーニー・サンダース上院議員らが独裁や富者の寡頭制と政権をみなして、それに反対する呼びかけを精力的に行っている。これは、スター・ウォーズの世界では、帝国に対する反乱軍やレジスタンスのようなものだ。

要するに、トランプ政権は自由民主主義から権威主義の方向へとアメリカを急速に変質させつつある。安倍政権下では日本にも類似の危険があったものの、前回の衆議院選挙で民主主義が復元したから(本連載の第2回)、今は、商品券問題で内閣支持率が低下している日本の方が、まだしも自由民主主義の理念に近い。

アメリカ史上、トランプ政権から想起される先例はある。たとえば、国内政治については19世紀後半の金ぴか時代における拝金主義・政治腐敗や、外交については第2次世界大戦前の孤立主義(非干渉主義)などである。戦後についても、マッカーシズム(1950年代の赤狩り)のような現象があった。これらを乗り越えて、アメリカは民主主義を回復ないし発展させ、世界に貢献してきた。今回もそうなることを願うが、現時点ではこのような現実を正視して批判的な認識を多くの人々が共有し、危険な潮流が日本に影響を与えないように努めることが切に望まれる。

アメリカ帝国とEU統一軍構想

つまり、スター・ウォーズのかのシーンのように、全世界の民主主義のリーダーかつ守護者と思われていたアメリカの大統領と副大統領は、権威主義的な発想を持つリーダーと入れ替わってしまっており、もはや世界の民主主義の維持や発展には関心があまりないのである。もちろんリベラルな思想や政策には敵対的で、就任後すぐに連邦政府の多様性・公正性・包摂性(DEI)施策を終了させた。

また中国への追加関税(10%)だけではなく、これまでの同盟国(メキシコとカナダ)にまで25%の関税をかけ、さらに鉄鋼とアルミニウムに25%の関税をかけて自分たち一国の利益を図ろうとしている。さらに、カナダはアメリカの51番目の州になるべきだとして合併を示唆し、デンマーク自治領グリーンランドの買収をデンマークに提案し、中米パナマのパナマ運河管理権を獲得したいと意思表示するなど、今までの良識では「冗談」とすら思えるような発言を連発している。しかも、これらには戦略的重要性や天然資源などの実利があるから、本気で追求する可能性すら感じられる。加えて、イスラエルのネタニヤフ首相を呼んで、ガザをアメリカが長期的に保有して再建するという発言を行った。

これらは、識者が指摘しているように、まさに19世紀末から20世紀初めのような帝国主義的な外交であり、アメリカは「デモクラシーの帝国」(藤原帰一)ではなく、自国利益を追求する「帝国」そのものに変化してしまったと言わざるを得ない。

ヨーロッパのイギリス、フランスやドイツの指導者たちは、これに驚愕(きょうがく)して、もはやアメリカに軍事的に頼ることが難しいことを悟り、EU(欧州連合)統一軍やフランスの核抑止力を欧州に拡大する計画などの構想を議論すべく緊急会議を相次いで行っている。そして、EUは再軍備計画に合意し(3月6日)、英仏主導で停戦合意の際に維持を目的にするウクライナ支援「有志連合」が検討されている。つまりEUは、アメリカとは別に、自由民主主義のために戦う政治体へと移行する可能性を模索し始めたのである。

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