食から見た現代(12) 夜のフードパントリー〈前編〉 文・石井光太(作家)
団体を設立したばかりの頃、石川氏たちは、夜の街で働くシングルマザーへの支援を前面に打ち出していた。ただ、コロナ禍が落ちついてきてからは、職業や婚姻関係の有無を問わず、生活に困っている人たちへの支援へと窓口を拡張している。にもかかわらず、設立当初から現在に至るまで、支援活動に集まってくる女性たちの大半が、夜の仕事をしているか、過去にしていた経験があるという。
ちなみに、同団体のフードパントリーのプロジェクトは、その場で料理を作って配付する炊き出しとは異なり、フードバンクを介して譲り受けた商品を無料配布する仕組みを取っている。企業のパッケージ不良品、賞味期限の近づいた食品、行政の災害用備蓄食といったものだ。また、フードパントリーと同じ日に、母親や子どものための衣類等譲渡会も開催している。
現在、同団体の支援活動は、最初よりはるかに多面的になっている。なぜ、コロナ禍が終焉(しゅうえん)したのに、活動が拡大しているのか。その事情について、石川氏は次のように語る。
「水商売や風俗は、コロナ禍の前と後とでは大きく変わりました。以前はそれなりに稼げたのですが、今はそうではなくなり、女の子のリスクも増しているのです。原因は、コロナ禍や格差の拡大によって、生活に困る女性が増えて夜の仕事に流れてくるようになったことです。にもかかわらず、お客さんである男性の方は、コロナ禍によって遊びに行く習慣を失ったり、経済的に困窮したりして夜の遊びから足が遠のくようになった。これによって、女の子が需要過多になって、儲(もう)からなくなってしまったのです」
夜の街で働く女性の数が増えれば、価格競争も激しくなるので、一人あたりの収入は減少する。この種の仕事は、基本的には「自営業」なので、客がつかなければ、交通費、衣装代などがかさんで赤字になることも珍しくない。
こうした状況下で何が何でも客をつかもうとすれば、本番行為を含む過剰なサービスや、出会い系アプリや「立ちんぼ」といった方法で個人売春に走ることになる。ここ数年で海外への出稼ぎ売春が増加したのはその象徴だという。つまり、夜の仕事がハイリスク、ローリターンになっているのだ。
さらに考えなければならないのは、そもそも夜の仕事に就く女性は、それ以前に何かしらの困難を抱えているケースが少なくないことだ。
石川氏はつづける。
「風俗をする子は、元から家族に頼れなかったり、助けてもらえる友達がいなかったりすることが多いんです。私もそうでしたが、心の病を持っているとか、知的障害や発達障害があるというケースもあります。良い表現ではありませんが、たまに風俗が“セーフティーネット”になっていると指摘されるのは、そういう子たちでも、メンタルが落ちついている日だけ数時間働けば、普通人の日給分の収入を手にできて、なんとか生活することができるからなのです。でも、今は、風俗をやっても稼げないという事態になっている。つまり、風俗ですらそういう子たちのセーフティーネットとして成り立たなくなりつつあるのです」
誤解を生まないように説明を加えておきたい。
女性の中には諸事情から対人関係を築けなかったり、指示通りに動けなかったりする人たちがいる。こういう人たちは、昼の仕事についても的確に業務を遂行することができないため、社会に居場所を見いだすことが難しく、生活のために風俗に流れてくることがあるのだ。風俗はそういう女性たちに仕事と収入を与えるという意味において、「セーフティーネット」と呼ばれているのである。
だが、コロナ禍後の社会変化の中で、最後の砦(とりで)ともいうべき仕事ですら収入を得られなければ、風俗の持つセーフティーネットとしての一面は崩壊する。それが、石川氏のプロジェクトに、今なお大勢の女性が集まってくる事情の一つなのである。
こうした厳しい状況は、彼女たちの子どもの生活にまで深刻な影響を及ぼしているという。それについては次回述べたい。
プロフィル
いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。