食から見た現代(11) 付き添いベッドで食べるディナー〈後編〉  文・石井光太(作家)

あまり公になっていないことだが、子どもが難病になったことで、家族の関係に亀裂が入ることは珍しいことではない。

幼い子どもが重い病気になれば、家族の関係は一変することになる。夫婦が治療法を巡って意見を対立させることもあれば、親の介護や他のきょうだいに手が回らなくなることもある。経済的負担も大きく、付き添いをするために親が休職や離職を余儀なくされる上に、交通費、食費、雑費がかさんで生活苦に陥る。精神的な余裕がなくなれば、家族が感情的になってお互いを傷つけ合うこともあるだろう。こうしたことによって、離婚に至る夫婦も少なくないのだ。

同法人が行っている取り組みは、こうした夫婦の負担を物理的、精神的に軽くするものだ。難病を告知されて途方に暮れている時に「付き添い生活応援パック」が届けば、自分は一人じゃないと思えるだろう。光原氏をはじめ、スタッフとして参加している「先輩」に助言をもらったり、医療者や家族にはしにくい相談をしたりできる。

季節の行事食なども盛り込みながら、栄養バランスが良く、疲労回復にも適した食事を提供

また、毎日コンビニで買ったカップ麺で空腹をごまかしている生活の中で、作り立ての温かなお弁当が届けば体ばかりでなく心までが満たされるし、ファミリーハウスで配偶者と共に一流シェフが作った献立を食べれば、それだけで笑顔がもどる。親にとって、こうしたサポートがどれだけ大きなものか。

光原氏らは、ボランティア活動だけでなく、こうした現実を国に伝える活動にも力を入れて来た。その一つが、「入院中の子どもに付き添う家族の生活実態調査2022」の作成と提言である。アンケート調査によって、小児医療の死角になっている付き添い親の実態を明らかにし、解決に必要なことを要望書としてまとめ、子ども家庭庁や厚生労働省に提出したのである。

「入院中の子どもに付き添う家族の生活実態調査2022」 結果の概要を記者発表

こうしたこともあって、厚生労働省は「令和6年度診療報酬改定について」において、病院等は付き添いをする家族に対する環境に配慮することが必要との内容を盛り込んだ。国が付き添い親の存在を認知し、サポートを病院に求めたのである。

光原氏は言う。

「私たちは、付き添いをする親の三大苦労は『食事』『見守り』『睡眠』だと考えています。今回の診療報酬改定では、国がそこに診療報酬の点数をつけたことによって、病院は動かざるをえない状況ができ上がったのです。これによって、付き添いをする人の生活環境は大きく改善するのではないかと期待しています」

診療報酬の点数がつくようになったとはいえ、病院によっては何をどうしていいかわからないといったところもある。そこで、光原氏らは、クラウドファンディングによって全国の小児病棟に対する支援活動をスタートさせることにした。

まず、法人の名前でクラウドファンディングを行って資金を集め、病院に必要な三つの支援コースを用意する。一つ目が親に対する600~1000食分のレトルト食品の提供、二つ目が付き添いベッド用の高級マットレスや安眠グッズ、三つ目が小児病棟わくわく応援団が行う1年間のアクティビティだ。病院にこれら三つのうちからどれか一つ必要なものを選んでもらい、提供するのである。これによって、その病院における親の付き添い生活環境は大幅に改善する。

光原氏は話す。

「今後は、より全国的に食支援のネットワークを広げていきたいと思っています。そうしたことから、全国の食支援を行う11の団体が発起人となって『小児病棟付き添い食支援連絡会・えんたく』を立ち上げました。ここを通して、食支援活動に取り組む仲間作り、小児病棟における付き添い食の提供といったことを普及させていくつもりです」

地方では、付き添い経験のある家族や医療者などが団体を設立し、地元の病院でボランティア活動をしていることが多い。ただし、そうした団体が持っている知識、資金、物資は決して十分とはいえない。そこで全国組織を介してそれぞれの団体がつながり、支え合うことができれば、全国規模での底上げが期待できる。具体的には、食支援に関する情報交換、運営ノウハウの共有、啓発活動などをしていくつもりだという。

むろん、それは一朝一夕でできるものではないだろう。だが、キープ・ママ・スマイリングの活動に賛同した企業がそうだったように、難病の子どもと、それに付き添う親を支援しようと考える人たちは決して少なくないはずだ。そのシステムができれば、子どもだけでなく、家族のQOL(生活の質)が上がる。

光原氏は言う。

「この活動を私がしているのは、亡くなった娘の存在があるからだと思っています。これをすることによって、娘がこの世に生まれて、生きた意味を作っているのです」

次女の存在によって突き動かされた光原氏の取り組み。現在、それが何千人、何万人の家族の「今」を支えていることは確かだろう。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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