食から見た現代(10) 付き添いベッドで食べるディナー〈前編〉 文・石井光太(作家)

要は医療の建前と現実が乖離(かいり)しているのだ。光原氏はどうしてここに目を留めたのだろう。実は、彼女自身が、2回にわたって娘の闘病で付き添いを経験した元当事者なのである。

最初に付き添いを経験したのは、2009年に35歳でした初産の直後だった。分娩 (ぶんべん)してすぐに長女の体に異常が見つかり、生後5日目に手術を受け、それから半年にわたって病院に寝泊まりしなければならなくなった。何もかもが初めてだったため、毎日が困難の連続だったという。

2度目の付き添いは、第二子である次女が生まれた後だった。妊娠検査の段階で、次女が難病であることがわかり、出産して間もなく手術をしたものの一進一退の状況がつづき、生後11カ月で亡くなるまでほぼずっと付き添いをすることになったのである。

この2度にわたる付き添いの経験から、光原氏は小児医療の中で親のケアが置き去りにされている現状を痛感する。そしてこの隙間を埋めるべく、2014年の秋に法人を設立することにした。その中心的な活動の一つが、冒頭に記した「付き添い生活応援パック」の無料配布なのだ。

光原氏は言う。

「今の日本では1年間あたり2万人の子どもが長期入院をしていて、そのうちかなりの数の親が付き添いをしています。親にしてみれば、ある日突然子どもに大きな病気が見つかって、医師から『検査や治療が必要なのですぐに入院してください』と告げられ、付き添い生活がはじまるのです。

私もそうでしたが、当初は付き添いに当たって何を用意しなければならないかわかりませんし、突然独りぼっちにされたような孤独の中で不安でいっぱいになります。配偶者だって何もわからないので、相談することさえできない。だからこそ、うちのような団体がきちんと親に寄り添って、適切な情報を提供し、物資を送り、支援しつづける必要があるのです」

付き添い生活応援パックの送付の対象となるのは、病院に10日以上泊まる親とされている。病院から紹介されたり、自分でネットで探したりして申請し、病院等へ送られてくる仕組みだ。

インタビューを中断し、光原氏は段ボールを運んでくると、「中身をご覧ください」と開けた。段ボールは80サイズだが、中には想像以上に多くの品が詰められていた。マスク、消毒用アルコール、携帯食、お菓子、缶詰、栄養ドリンク、タオルといった日常的に使用するものから、パック、美容液、マッサージオイルなど美容商品まである。

驚くのが商品の中には、高価なブランド品が数多く含まれていたことだ。たとえば、美容液は1万円近くする商品だし、缶詰の中身はミシュランで星を獲得したことのあるシェフが特別に作った食品だ。まるで“大人のための宝箱”である。

光原氏はその理由をこう述べる。

「親は子どもの病気がわかり、大きな恐怖の中で付き添いをしています。そんな時に、このような豪華な品が届けば、他人に応援されていると感じて、気持ちが上がりますよね。私たちの目的は、入院生活に必要な品を届けるだけでなく、付き添いをする親に一人じゃない、多くの人に守られているんだと思ってもらうことなのです」

これほど豪華な商品を用意できるのは、法人のスタッフが持つ営業力が大きいだろう。メンバーが企業に連絡をし、プロジェクトの詳細を説明し、社会貢献として商品を譲ってもらっているのである。

スタッフが一つ一つ箱詰めする

商品の大半が商品のロゴが変わったり、消費期限が近づいていたりする「訳あり品」だ。一般的にこうした品は価格を下げて大量処分されるが、高級品はブランド価値を損なうのを避けるために安売りをしないので、大量に在庫を抱えることになる。そうした品を、プロジェクトに共感してもらって譲り受けるからこそ、これだけ豊かな商品を無償で配布できるのである。

光原氏は言う。

「ありがたいことに、多くの企業が私たちの事業を応援してくれています。企業の方々も、私たちの取り組みを聞けば無下に断るようなことはせず、できるだけ力になりたいと考えます。そうした善意によって、私たちの取り組みは成り立っているのです」

同法人では、これに加えてもう一つ大きな取り組みを行っている。それが食をサポートする取り組みだ。これについては≪後編≫で紹介したい。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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