食から見た現代(6) とろとろのスナック〈後編〉 文・石井光太(作家)

スナック都ろ美の登録者たちは、興味のある活動ごとにサークルを結成して活動している。インクルーシブフードのキャラ弁を作る「キャラ弁部」ができたと思いきや、子どもの介護に疲れている親同士が集まる「メンタルへこみ部」も生まれた。当事者だからこそ、自然と自分たちが求めるコミュニティーがつくられていくのだ。

また、親だけでなく、子どもを含めた家族で集まるイベントも開催されている。好評なのが「バーチャル大家族」と名づけられた会だ。1回15~20組くらいの家族とオンラインでつながり、全員でにぎやかに食事をするのだ。重度の障害のある子でもみんなのにぎやかで楽しそうな空気を察し、表情が豊かになったり、食事のペースが速まったりするという。パーティーをしているような気持ちになるのかもしれない。

さくらママは言う。

「スナック都ろ美の役割は、食事を通して親と子どもの心を豊かにさせることかなって思っています。嚥下障害の子を持つ親って、子どもの好きなお菓子は何かと聞かれて答えられないってことが普通にあるんです。

健常児を持つ親なら、あまり考えられないことじゃないですか。健常児は自分で勝手にポテトチップスやチョコレートなどを食べて、その中から好物を見つけるので、親もそれを把握します。けど、嚥下障害の子どもは、健康のために決められた食事だけを食べさせられているので、それ以外の食べ物を知らないし、興味も示さない。だから親も子どもが何のお菓子を好きなのか知らないのです。

考えてみると、これってすごく寂しいことですよね。だから、親は病院の指示に従って健康的な食べ物だけを与えるのではなく、たまにはジャンクフードや甘いお菓子を食べさせてあげればいいと思うんです。ここに集まる親たちが『うちはチョコ食べさせてるよ』と言っていれば、私もやってみようかなって考えられるようになる。そうすれば、子どもだってお菓子を普通に食べさせてもらえるし、好みも生まれるでしょう。

このことは、その子がその子らしさを形成することになります。親もそれによって子どもを深く理解することができるようになる。スナック都ろ美のコミュニティーは、そういう機会を提供する力があると思っています」

たしかに世間には健康のためにはこうあるべき、介護とはこうあるべきといった考え方がある。だが、それにがんじがらめにされれば、あらゆることが義務になって息苦しくなってくる。

唐揚げやエビフライもかむ力がいらない柔らかさに調理されている

さくらママが言っているのは、そこからいったん解放され、当事者コミュニティーの緩い空気の中で、心にゆとりを持つべきだということだ。インクルーシブフードにせよ、健康に悪いお菓子にせよ、食を少し違う角度から捉えるだけで、難病で寝たきりの子どもに個性が芽生え、親の理解や愛情がぐっと深まることもある。食にはそれだけ大きな力が備わっているのだ。

さくらママは話す。

「海外に比べれば、日本は普通の食事だけじゃなく、介護食に対する意識は高いと思います。だからこそ、日本発で介護食をより工夫したり、その周辺のコミュニティーを充実させたりすれば、世界の嚥下障害の子どもたちのQOL(生活の質)も変えていけるかもしれません。それだけの可能性は十分にあると信じています」

日本で生まれたインクルーシブフードやスナック都ろ美のようなコミュニティーのあり方が、世界の嚥下障害の子どもたちの生活を変えるというのは夢ではないだろう。

ただ、それが実現するには、当事者以外の人たちが嚥下障害と食の関係性について見識を深めていく必要がある。

スナック都ろ美の妖艶な紫色のネオンは、私たちにそのことを教えてくれているのである。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。

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