食から見た現代(6) とろとろのスナック〈後編〉 文・石井光太(作家)

スナック都ろ美は、〈前編〉で述べたように嚥下(えんげ)障害の子どもの介護食の発案や普及に力を入れている。これと同時に行っているのが、親たちが日常の苦しみから解放されるためのコミュニティーづくりだ。

現在、スナック都ろ美に登録している人の数は約500人に上る。バーチャル・スナックなので、日本だけでなく、外国在住の日本人も含まれているそうだ。月に何度か開かれる会や、個別のイベントに参加するのである。

店のコアママの一人にさくらママ(加藤さくら・42歳)がいる。筋ジストロフィーの娘を持つ母親だ。さくらママは次のように話す。

「うちに登録しにくるお母さん、お父さんの中にはメンタルを病んでいる方が結構います。食事を作る楽しみもない、子どもも喜ばない、かといってやめるわけにいかない、そのつらさを漏らす相手もいない……。すごく大きな孤独を抱えている。スナック都ろ美はそんな人たちも受け入れて、孤独を分かち合って楽になってもらう場としての機能もあると思っています」

嚥下障害の子どもがいる場合、両親はどちらかが専業主婦(夫)となって介護に当たるケースが多い。そうなると役割分担が決まるので、介護を任された側は自分だけで悩み事を抱え込みがちだ。また、周囲の人たちの視線や意見に過敏になって気疲れしてしまうこともある。そんな親たちが求めているのは、当事者にしかわからない苦悩を共有できる場だという。

さくらママはつづける。

「親にとってつらいのは、第三者から“正論”を言われることなんです。たとえば、レストランでミキサーを使えば騒音で周りに迷惑がかかるとか、子どもの健康のために栄養価のある食事を日に3回ちゃんと食べさせようとか、食事は30分以内に済まそうとかいったことがありますよね。どれもごもっともなんです。でも、嚥下障害がある子は、そうした正論には当てはまらないことが多い。それなのに周りから正論を押し付けられると、親はどうしていいかわからなくなるし、精神的に追いつめられてしまう。そんな親に必要なのは、第三者からの正論ではなく、同じ境遇の人からの『そうだよね』という共感の声なのです。そのため、スナック都ろ美に参加できるのは関係者、つまり嚥下障害の子を持つ親に限定させてもらっています」

部外者の人たちの発する意見は、実体験がないので「~しよう」「~すべき」といった一般論に偏りがちだ。だが、当事者はその一般論を踏まえた上で自分の経験に沿って「そうはいっても~だよね」とか「~は仕方ないよね」という話になる。たとえば、「日に3回介護食を作ろう」ではなく、「日に3回も作れないよね」という会話になる。こういう本音での会話こそが、当事者の疲れ切ってこわばった心を解きほぐし、視野を広くさせるのだ。