食から見た現代(1) ココナッツとDV〈前編〉 文・石井光太(作家)

DVの加害男性は、日頃から妻を精神的に支配する傾向にあるという。彼らは自分が彼女らを買ってやったのだと考え、「おまえは何もできない」「売春婦のくせに」「俺がいなければ日本にいられない」といった物言いをして上下関係を明確にする。そして気に入らないことがあると感情のままに身体的な暴力を振るったり、生活費を払わないなど経済虐待を行ったりするのだ。

DV被害を受けた外国人女性が家庭から逃げる方法は、大きく2パターンに分かれる。一つがフィリピンなど母国へ逃げ帰るというものだ。ただし、母国に帰ったところで、条件の良い仕事が見つかるわけではない。そのため、子どもを実家に預け、自分だけが再び日本に出稼ぎへ行くことも少なくない。このように母国に置き去りにされた子どもは、日本人の父親から認知してもらえずにアイデンティティーを失う、経済困窮するといった別の問題にさらされる。

二つ目のパターンが、日本国内の支援機関に駆け込むケースだ。家庭内暴力で怪我(けが)をして治療を受けた先の病院から自治体の相談窓口を紹介されたり、日本人の友人によってそこへ連れて行かれたりすることもある。自治体の担当者が面会をして母子の保護が必要だと判断された場合は、一時保護などを経て母子生活支援施設に入所することになる。その行き先の一つがFAHこすもすなのである。

鳥海氏は言う。

「フィリピンからエンターテイナーが大勢来たのは、1980年代から2000年代です。その当時来日した女性たちも、今はそれなりの年齢になっているので、最近うちに来るのは日本在住期間が比較的長い人たちです。10年から20年日本に滞在し、すでに離婚歴があったり、再婚したりした末にDVに遭ったといった人。現に今いる外国の方は、3人のうち2人が40代です。

もちろん、20代、30代の女性も来ますが、最近ではエンターテイナーというより、マッチングアプリで知り合った日本人男性からDVを受けたという人も出てきました。昔の国際結婚は花嫁カタログで行われていましたが、今はそれがマッチングアプリになっています。それで日本にやってきたものの、男性からDVを受けて逃げてくるのです」

国際結婚専用マッチングアプリで、東南アジアの若い花嫁を探す日本人も、金持ちの花婿を探す外国人も、深い思慮があるとは思えない。そういう夫婦の間でDVが起こっているのだろう。

ちなみに、日本にはフィリピン人(約30万人)に次いでブラジル人(約20万人)の人口が多いが、FAHこすもすにはほとんど来ることがないという。日系ブラジル人は日系人同士で結婚をし、日本語をあまり覚えず、同じ日系人コミュニティーの中で母語を使って生活している。そのため夫婦間のトラブルがあっても、日本の支援機関にあまり頼らず、コミュニティーの中で解決する傾向にあるためだそうだ。

鳥海氏の言葉である。

「母子生活支援施設としてのFAHこすもすの役割は、DV被害を受けた母子を保護して自立へ導くことです。ただ、外国人の母子になると、支援の形が日本人とは少し異なってきます。外国人の一番の違いは、在留資格の問題があることでしょう。不法滞在で在留資格がない女性がいたり、子どもが日本人の父親から認知されておらず国籍がなかったりすることがあります。また、難民として来日してる人の多くは、難民申請が通っていないということがあります。うちとしては、各支援機関と連携しながら、彼女たちの在留資格の問題を解決し、保護や自立を促していくことになります」

FAHこすもすは30年以上の活動実績から、国内外の様々な支援機関とのつながりがある。難民問題であれば、難民支援協会との関係を使って在留資格の取得や支援につなげたり、フィリピンの子どもの国籍問題であればJFCネットワークとの関係を使ってDNA鑑定で父親の立証をしたりする。外国人支援のあり方は国籍によっても滞在資格によっても異なるため、各種支援団体との連携が欠かせないのだ。

鳥海氏はつづける。

「母親たちが共通して心配するのは、夫と離婚する際に親権を取れるかです。FAHこすもすはこれまでの経験の積み重ねから、外国人母でも親権を得られることを知っているし、そのために大切・必要なことも理解しているので、それをきちんと本人に伝えて一緒に裁判を戦っています」

母親の方が父親よりも子どもの親権を取りやすいというのは外国人も日本人も同じだ。ましてやDVがあったとなれば、裁判官は母親に親権を与える傾向にある。

ただし、裁判での勝利を確実なものにするためには、母親の側も相応の心構えと準備をしなければならない。裁判では、夫の側が親権を取るために「彼女は日本語が話せない」「夜の仕事をしている」などと言ってくることがある。そのため、FAHこすもすは日本語指導や就業支援をすることによって、裁判を有利に進められるようにするのだ。

そんな外国人たちにとって「食」とはどんな意味を持つのか。〈後編〉で詳しく見ていきたい。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。

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