バチカンから見た世界(27) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

反テロ巡礼を実施した欧州のイスラーム指導者

米ジョージ・ワシントン大学とオランダ・ハーグの欧州テロ対策センターはこのほど、欧米諸国で発生した「聖戦主義者によるテロ事件」に関する統計を発表した。これによると、2014年に「イスラーム国」(IS)が組織化されて以降、欧米で発生した聖戦を標榜(ひょうぼう)するテロ攻撃は51件に及ぶ。欧州は32件、北米は19件を数えた。

国別では、フランスが最多の17件で、米国が16件、ドイツが6件、英国が4件、ベルギーとカナダが各3件、デンマークとスウェーデンが各1件となった。各地での犠牲者は延べ319人。負傷者は少なくとも1549人に上るとのことだ。犠牲者数が最も多いのもフランスで239人。米国の76人と続く。一方、テロ事件の犯人の平均年齢は27.3歳。5人は未成年者だった。

欧州では現在、ISに賛同して単独で事件を起こす「一匹狼」の犯行や、ISのフォーリン・ファイター(シリア人以外の外国人戦闘員)がシリア、イラクでの敗退によって出身国に帰国して事件を企てることへの懸念が高まっている。おびえているとも言える。

こうした中、フランスのイスラーム指導者をはじめ欧州の政治家、識者が中心となり、「第1回ムスリムによる反テロ巡礼」を行うと発表された。このニュースは欧州世論の注目を浴びるのみならず、テロ攻撃を受けた地域の諸宗教共同体から強い支持を集めている。アラブ圏のメディアも、この巡礼を取り上げた。このフランスのイスラーム指導者が主導する行動には、ベルギー、ポルトガル、ドイツ、スペイン、チュニジアのイスラーム指導者も賛同を示し、総勢63人が行動を共にした。

フランスの同指導者であるホシン・ドゥルイシュ師は、テロ事件を促す過激主義の扇動者に対して、「われわれの宗教を虜(とりこ)にすることをやめるべきだ。イスラームを自らの政治やテロの道具にすることは、もう我慢できない」と主張。「ムスリムは、西洋の価値観に適応すべきで、その価値観は、霊的イスラームの教える、友愛という人間的価値観と同じである」とし、「われわれは、キリスト教徒、ユダヤ教徒、仏教徒、さらに無神論者とも、一つの国と同じ価値観を分かち合っている」と訴えている。彼らは、ISから脅迫されているが、それに屈することなく、イスラームと西洋社会の間に亀裂を生じさせることを狙ったテロ攻撃に対抗していく姿勢をとる。

テロ攻撃を受けた欧州の各都市を訪ねる巡礼は7月8日から14日まで実施された。指導者らは、フランス語、アラブ語、英語で「テロに反対するムスリムの行進」と記された横断幕を車体に貼り付けた大型バスに乗車。一昨年11月にバタクラン劇場を中心とする多発テロで130人が犠牲となったフランス・パリ、昨年12月にクリスマス市場にトラックが突っ込み、2人が死亡したドイツ・ベルリン、同年3月に空港と地下鉄でのテロによって32人が亡くなったベルギー・ブリュッセル、同年7月に海岸沿いのプロムナードでのトラックの暴走で86人が死亡したフランス・ニースなどの諸都市を巡礼した。訪問地では、現地の諸宗教者と共に犠牲者の冥福を祈り、「イスラームの名によって犯罪を実行しているが、われわれの名を使うことを拒否する」(ポルトガル・リスボンの指導者ダビド・ムニル師)と表明した。

巡礼に参加したドイツ上院で諸宗教と同化問題を担当するサウサン・ケブリ議員は、「われわれの数はまだ少ないが、誰かが始めなければならなかった。われわれの背後には、沈黙の一大群集が控えているからだ」と発言している。