「バチカンから見た世界」(180) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

-「平和の神学」を説き続けるレオ14世(9)-
カトリック教会史上初の米国人ローマ教皇であるレオ14世が、バチカンでの教皇選挙(コンクラーベ)によって選出されてから、5月8日で1年が経過した。選出直後にバチカン広場を見渡す聖ペテロ大聖堂(サンピエトロ大聖堂)の中央バルコニーに立ち、参集した大群衆に向かい「あなたたち皆さんに平和がありますように」とあいさつして以来、「一握りの独裁者によって世界が破壊されている」という「地上の国」の露呈する壊滅的な状況の中で、愛を原点とし、平和を宇宙創造の秩序とする「神の国」の到来に対する希望を示す、「平和の神学」を説き続けてきた。
教皇選出1周年記念日の当日、バチカンは休日だったが、教皇は、紀元後79年のヴェスヴィオ山の噴火によって壊滅したポンペイ(イタリア南部ナポリ市近郊)の廃墟の上に立つ聖母巡礼聖堂を訪問した。聖母巡礼地としてのポンペイは、カトリック信徒たちの聖母の取り次ぎによる「世界平和のための祈り」を象徴する「ロザリオの祈り」に対する信仰で知られている。聖母巡礼聖堂に参集した信徒たちに向かい、教皇は、「罪の試練に晒(さら)され、権力の乱用、圧制、戦争への志向を常に強めていく人類に対し、キリストという人間の面影を有する、慈しみとしての神の愛撫(あいぶ)が届いた」と慰めていた。さらに、「聖母の取り次ぎによって、平和の神から豊かなる慈しみが注入され、人の心に触れ、怨念と兄弟相殺(そうさい)の憎悪を鎮め、政権担当という特別な責任を有する政治指導者たちに光明を与えてくださいますように」とも祈った。そして、最後に、きっぱりと言い切った。「兄弟姉妹の皆さん、どんな地上の権力といえども、世界を救うことはできません。世界を救えるのは、主なるキリストが私たちに啓示された、愛という神の権能のみです。キリストを信じ、キリストに希望し、彼に従っていきましょう」、と。「地上の国」に人類を救う力はなく、人間は「神の国」に目と心を向けて、歴史の中を放浪していかなければならない。しかし、その放浪は受け身の歩ではなく、「地上の国」の政治政策にキリスト教倫理による規範を要求するという、積極的なものだ。
この教皇発言の重みを理解するためには、ここ数日間、米国とバチカンの間で何が起きていたのかを説明しておく必要がある。バチカン記者室は5月4日、米国のマルコ・ルビオ国務長官(カトリック信徒)が7日の午前11時30分に、バチカン使徒宮殿で教皇と懇談すると公表していた。この唐突なルビオ長官のバチカン訪問は、4月12日にSNSに投稿されたトランプ大統領による「犯罪に対して弱腰で、彼の外交政策は最悪だ」との異例のローマ教皇非難によって冷却してしまった、米国とバチカンの関係を修復する試みとして受け取られていた。教皇が自身の「平和の神学」を明確な形で説き、「地上の国」の呈する矛盾を告発するようになってから、米国内のカトリック教会は「急速に米国人のローマ教皇を中心に再結束」し始め、「カトリック教会の信徒数や教会に復帰してくる人々の数が急増」するのみならず、「過去、全国レベルで発覚した聖職者による児童性愛問題やトランプ政権の誕生による教会の分断により、国内での権威を失墜していたカトリック教会に、再び活気が戻って来つつある」のだ。第1次、第2次のトランプ政権の誕生を可能とした、大きな票田としてのカトリック教会だったが、同教会内部でトランプ政権からの離反現象が起きている。11月の米国中間選挙を前に、トランプ政権にとって、米国人ローマ教皇との緊張した関係の冷却が急務となっている。しかし、教皇に言わせれば、票田としてのカトリック教会は、あくまでも「地上の国」の論理だ。
「地上の国」の論理に従うトランプ大統領は5月5日、国務長官をバチカンに派遣すると言っておきながら、再び教皇に対する非難を繰り返すという矛盾した行動に出た。今度は、「レオ14世が、多くのカトリック信徒や、他の多くの人々を危険に陥れている。彼にとって、イランによる核兵器の保有は、容認できるからだ」と主張した。トランプ政権による、イランに対する戦争を非難する教皇が、イランの核保有を認可していると勝手に解釈し、イランによる核兵器の使用によって、多くのカトリック信徒や他の人々が危険にさらされるという、彼に特有の論法だ。教皇は即刻、「カトリック教会の責務は、福音と平和を説くことだ。そして、カトリック教会が何年も前から、全ての核兵器に反対してきたことは明白である。神の言葉の価値によってのみ、私の発言が聞き入れられることを望む」と反論した。
ルビオ国務長官との会見の前日(6日)、教皇はバチカンでの一般謁見(えっけん)で、「カトリック教会は、地上を旅する神の民であり、(神の王国の到来という)最終的な約束を眼前に据え、福音によって歴史のダイナミズム(動向)を読み、解釈していく」と位置付け、「あらゆる形での悪を告発し、自身の言動を通して、キリストが全人類のために実現していくことを願われた救いと正義、愛、平和の王国の到来を告げていく」と強調した。
そして7日、ルビオ国務長官のバチカン訪問は、約2時間半に及んだ。教皇との45分間の会談、ピエトロ・パロリン国務長官とポール・リチャード・ギャラガー外相(国務省外務局長)との懇談が中心だった。駐バチカン米国大使館の投稿によれば、「米国とバチカンの間の強靭(きょうじん)な関係と、平和と人間の尊厳性促進のための努力の分かち合い」が議題だった。米国国務省のトミー・ピゴット報道官によれば、ルビオ長官とバチカン国務省のパロリン長官、ギャラガー局長との懇談では、「西半球による人道支援の継続、恒常的な中東和平、信教の自由促進のための米国・バチカン間での協力」について意見が交わされたとのことだ。トランプ政権、特にルビオ長官が好んで使用する「西半球」は、宗教地政学の新用語で、従来の「キリスト教欧米」を指すものと推測されている。一方、バチカンの公式声明文は、ルビオ長官と教皇、さらにパロリン長官、ギャラガー局長との懇談を含めて、「聖座(バチカン)と米国の2国間関係を涵養(かんよう)していく双方の共通課題」を中心に、「特に、戦争下、政治緊張、困難な人道状況に直面する国々に特別な注意を払いながら、地域、国際状況に関して見解を交わし」、「飽くことなく、平和促進のために尽力していく必要性」を強調したと明らかにしている。米国人の教皇が即位してから、3回目のルビオ長官のバチカン訪問だったが、「神の国」へと向かって歴史を歩むバチカンとローマ教皇の、「地上の国」の政権に倫理規範を提供する努力は、今後も続けられていくことだろう。
トランプ大統領の外交政策に対する「倫理規範」を要求した3人の米国人枢機卿の一人で、米国人のローマ教皇を中核とした国内のカトリック教会の再結束に向けて努力する中心的指導者であるブレース・スーピッチ枢機卿(教皇生誕地のシカゴ大司教)は、「キリストは、平和の構築者で、神の子でもあると定義された(ローマ帝国の)シーザー皇帝による『ローマ帝国の平和』に関するプロパガンダ(情報操作)を覆した」と主張する。「キリストにとっての真の神の子は、征服や軍事力によって得られる平和を追求する(ローマ帝国の)将軍たちではなく、『潔白と正義』を意味するユダヤ教の概念である『シャローム』(平和)の構築のみを求めて、介入していく人々」のことだ。スーピッチ枢機卿は、「キリストは、戦争を拒否する平和の王様」「戦争を正当化するために、誰といえども、彼の名を使ってはならない」「キリストは、血に染まった手を持つ、戦争する者の祈りに耳を傾けず、聞き入れることを拒否する」との教皇の発言を引用しながら、「『支配によって平和を構築するための戦争』という説話を覆した、非武装、非暴力のキリスト」について説いている。





