バチカンから見た世界(179) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

-「平和の神学」を説き続けるレオ14世(8)-
カトリック教会史上初の米国人ローマ教皇であるレオ14世は、SNSを通じて、“神憑(かみがか)った”米国のトランプ大統領から世界史上でも類例の無い非難を受けた。「犯罪に弱腰で最悪の外交政策」を行うと非難された教皇は4月13日、アフリカ諸国歴訪のためにローマ(フィウミチーノ)国際空港を飛び立った。
最初の訪問国であるアルジェリアへ向かう機上で、随行記者たちにトランプ大統領からの非難について問われたレオ14世は、「トランプ政権も、カトリック教会の責務である福音のメッセージを声高く告げることをも、恐れてはいない」と答えた。「私たちは、政治家ではない。私たちは、トランプ大統領と同じ視点から、外交政策を見ていない」と注意を促し、「私は、戦争に反対し、平和と対話の促進を求め、諸問題解決のための多国間主義の推進を声高くアピールしていく」とも主張した。なぜなら、「今日、あまりにも多くの人々が苦しみ、あまりにも多くの無垢(むく)の人々が殺害されているので、誰かが立ち上がり、他のよりよい(問題解決の)方法があると、叫ばなければならないと信じる」からだ。また、トランプ大統領は昨年1月の大統領就任直後に、「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に改名する大統領令に署名したが、米国の「AP通信」はその指示に従わず、同政権から嫌がられている。同通信社の記者からの質問に対し教皇は、「私の発するメッセージを、トランプ大統領の非難と同じ水平上に置くことは、福音のメッセージが何であるかを理解しないことだ」と指摘した。トランプ大統領からの非難について聞くことは悲しいが、「私は、現代世界におけるカトリック教会の責務が何であるかの確信を追求し続けていく」と言う。「私は、トランプ大統領と口論したくない。私の言うことは、誰かに対する攻撃であることはない。“幸いなるかな平和の構築者”という聖書のメッセージが、それを明確に示している」と表明し、「私は、福音のメッセージを告げ、全ての人々を、平和と和解の橋を構築し、可能な限り戦争を避ける道を模索するように誘(いざな)う努力を躊躇(ちゅうちょ)しない」と主張する。
さらに、カメルーンの首都ヤウンデからアンゴラの首都ルアンダに向かう機上での随行記者たちとの懇談において、レオ14世は再び、トランプ大統領からの非難に言及し、トランプ大統領の投稿以降、政治的な視点から種々の混乱したコメントが相次ぎ、「全ての側面において明確ではない情報が飛び交った」と指摘した。その例として教皇は、11日にバチカンで自身が司式した「世界平和のための祈りの集い」で行ったスピーチ(特に、“全能の妄想”、“自身や金銭の偶像崇拝”、“軍事力の誇示”など)やアフリカ諸国訪問中に発している平和のメッセージが、トランプ大統領からの非難に対する反論のように報道されているが、これらのスピーチ原稿が、トランプ大統領による非難投稿の2週間前に、既に草稿されていた事実を挙げる。レオ14世にとって、「トランプ大統領との口論は、私の関心事ではなく」「福音のメッセージに沿い、キリスト教徒であり、キリストに従い、友愛を促進し、主(キリスト)を信頼するのみならず、現代世界において正義と平和を発展させていくことが、いかに素晴らしいことであるかを説いている」だけなのだ。
しかし、ここで注意しておかなければならないのは、トランプ大統領のメディア戦略だ。第1次トランプ政権の成立へ向けた選挙戦略を成功させた、スティーブ・バノン主席戦略官(当時)は、「民主党など問題ではない。真の野党はメディアである。その対処方法は、同域を糞(ニュース)で溢(あふ)れさせることだ」と主張していた。流すニュースの真偽、それらが相互に矛盾していても、問題ではない。メディアを占拠し、政策に反対するメディアは、排除すればよいのだ。トランプ大統領は、バノン氏のメディア戦略を今でも継承しているように見受けられる。だから、教皇はアフリカ諸国歴訪中に、トランプ大統領からの非難とは関係なく、聖アウグスティヌスの説いた「神の国」「地上の国」を基盤とする「平和の神学」を展開し、西ローマ帝国のように、いずれは滅びゆく「地上の国」の呈する矛盾を指摘しながら、アフリカ人信徒たちの眼を「神の国」へと向けさせていった。
アルジェリアに到着した教皇は13日、最初に行ったスピーチの中で、紛争と誤解に満ちた世界において、「私たちが(人類)一家族だと認知しながら、共に会い、相互理解に努めよう」と訴えた。「人間の尊厳性を尊重し、他者の苦しみに涙を流す」ことによって、「あなたたちは、歴史の新しい一章の主人公となる」と鼓舞し、「今日、国際法の蹂躙(じゅうりん)と新植民地主義的な傾向が、間断なく続く」状況の中では、この原則が以前にも増して重要になると説く。教皇は世界(グローバル)化現象についても触れ、世界化が適正に理解され、方向づけられないと、「世界レベルでの貧困と不平等」を生み、その格差が「北」に対する「南半球世界」といった緊張を発生させると警告する。その解決策は、前教皇フランシスコが説いたように、「運命共同体の構築から排除されている人たちを内包していく道徳エネルギーから迸(ほとばし)り出る、大衆運動を含む、地方、国家、国際的統治組織の活性化を目指す、新しい社会、政治、経済形態」の構築だ。
レオ14世は14日、聖アウグスティヌスの活動の舞台となった同国のアンナバを訪れ、廃墟の前で「聖アウグスティヌスの子孫が帰ってきた」(教皇は過去2度アンナバを訪問している)と述懐した。
国内の各地で民族・宗教絡みの紛争が続くカメルーンでは16日、同国西部のバメンダを訪問し、地元の諸宗教団体との平和の集いに出席。「私は平和を叫ぶために、ここに来た」と告げ、彼らが組織した「バメンダの平和運動」を高く評価した。教皇は、「世界が一握りの独裁者によって破壊されている」が、にもかかわらず、「(平和を)支援する兄弟姉妹の大群衆によって(何とか)維持されている」と分析し、彼らを「無数の天空の星、海岸の砂粒」に喩(たと)えられる「アブラハム(信仰)——ユダヤ教、キリスト教、イスラーム——の子孫」と呼んだ。だが、平和は「われわれが工作するものではなく」「隣人を兄弟姉妹として受け入れ、抱擁していくだけのこと」と強調。なぜなら、「われわれは、同じ家(地球)に住む一家族だから」と諭(さと)す。「戦争の支配者たちは、一瞬にして破壊できるが、再建には一生涯以上かかるということについて、知らないふりをする」とも非難する。彼らは、数十億を殺人や破壊のために費やすが、治癒、教育、復興のための費用を拠出できないという事実には、目を向けないのだ。ここで教皇は、「あなたたちの土地の資源を略奪する者は、おおむね、その利益を武器のために使用し、終わりのない不安定と死のサイクルを恒常化していく」と厳しい糾弾の声を発した。われわれは「本末転倒の世界」に生きており、神による創造の搾取に対し、「誠実なる良心を持つ各個人が、告発し、拒否していかなければならない」と言う。独立紛争の絶えないカメルーン西部の丘陵都市に、「軍事、経済、政治目的のために宗教、神の名を使い、聖なるものを、最も汚く、暗黒へと向けて引きずり込む者に、災いあれ」との教皇の声が響き渡った。
強権政権によって統治され、豊富な石油資源を有しながらも、世界最悪レベルの所得格差が生じている赤道ギニアで21日、教皇は聖アウグスティヌスの説く「神の国」と「地上の国」についてスピーチした。同国で「平和都市」と呼ばれる新首都の建設が推進されていることに言及し、「キリスト教徒が、地上の国に生きながら、政治世界に背を向けることなく、聖書からインスピレーションを受けることによって、キリスト教倫理を市民政権に適応していく」と主張。社会派の教皇は、「(貧しい人々の)排除が、社会不正義の新しい顔だ」と指摘し、「たった1%の世界人口を占める小さな少数派(富裕層)と大多数を占める(貧しい)人々の格差が、劇的な形で拡大している」と糾弾した。また、人工知能(AI)など新技術の開発も、全ての人々に均等の発展の機会を与えるためではなく、「軍事目的の使用が優先されている」と非難する。だから、キリスト教徒は「福音を基盤とする道徳的範疇(はんちゅう)と純なる倫理原則」を提供することによって、地上の国に生きる人類の壊滅を防ぐように努力するのだ、と言明。「人類の破滅を望まれない神であるがために、神の聖なる名を支配力、傲慢(ごうまん)さ、差別、特に死の選択と行為を正当化するために使い、冒瀆(ぼうとく)してはならない」と説いた。





