食から見た現代(19) 冷えたままのコンビニ弁当 文・石井光太(作家)

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神奈川県川崎市の京浜工業地帯の一角に、コンクリートでできた三階建ての重厚な建物がある。一見すると低層階のオフィスビルのようだ。
午前10時、斜め向かいのコンビニエンスストアの前から見ていると、建物の玄関を、ジャージにサンダル履きといった格好の中年男性たちが行き来していた。茶髪にサンダルといった格好で、シャツの袖からは和彫りの刺青(いれずみ)が見えている。同じような男性が3人立て続けに出たり入ったりしていた。
ここは更生保護施設「川崎自立会」だ。更生保護施設とは、主に少年院や刑務所から出所したものの、身寄りがなく帰住先のない人々を一時的に受け入れ、住居や仕事を見つけて社会復帰の道のりをつけるための施設だ。同様の施設は全国に102カ所あり、定員40名の川崎自立会は、比較的大きな規模となっている。
今回、私がここを訪れたのは、鳥取刑務所を取材した時の記憶があったからだ。鳥取市の外れの田園が広がる土地に建つ高い塀に囲まれた刑務所には、何度も犯罪をくり返してきた男性受刑者が収容されている。日本の再犯率は49%と非常に高いが、その中でも前科4犯、5犯という人たちがそこに集められているのだ。私が会った中には、前科11犯で人生の大半を刑務所で過ごしてきた70代の受刑者もいた。
彼らの犯罪は窃盗、無銭飲食、違法薬物など異なるが、くり返す理由として異口同音に語っていたのが社会での生きづらさだ。刑務所から出ても、そこでの生活が成り立たずに犯罪に手を染め、また逮捕されるのだという。
そんな現実を見聞きしたことで、刑務所から出た人たちがどのような思いで自立への道のりを進んでいるのかを知りたくなり、川崎自立会を訪れたのである。
川崎自立会の建物の内部は、窓が少ない割には内装が明るく清潔だった。2階や3階には、個室、3人部屋、トイレ、シャワールーム、洗濯室、休憩室などがそろっており、人々が自由に過ごせるようになっている。
個室や3人部屋を訪れて意外だったのが、ここに暮らす人たちの私物が極めて少ないことだった。まるで病院の入院患者みたいに2、3着の着替えとスマホの充電器、それにわずかなお菓子やペットボトルのジュースくらいしか置いていないのだ。
私を案内してくれた施設長の野口泰正氏(64歳)は言う。
「部屋にあまり物がないのは、ほとんどの人が逮捕された当時のまま刑務所から出てくるからです。冬なのに半袖半ズボンといった格好でうちにやってくる人もいます。そんな人たちのために、うちでは古着ではありますが、冬服や夏服を貸し出ていますし、就職活動で必要な際はジャケットや革靴を用意したりしています。ここに身を寄せるのはお金のない人たちが大半です」
彼らの中には就職活動に必要なスマートフォンを買えなかったり、ブラックリストに載っていて入手できなかったりする人もいるそうだ。そういう人のために、自立支援に向けた通信手段を提供している業者の紹介もしているという。
この日、私は1階の地域交流室で話を聞くことにした。地元の住民と接点を持つため、会議室ほどの部屋を無償で貸し出しているのである。週に何度か、ここで折り紙教室や書道教室が開かれているらしい。
野口氏は川崎自立会で暮らす人々について次のように話す。
「刑務所から出てきてうちに滞在する平均期間は、昨年の統計では107日となっています。平均年齢は49・5歳。一番若い子は少年院から出てきた19歳、最年長は84歳になっています。少年の受け入れをやっているかどうかは別にして、おそらく他の更生保護施設もさほど変わらないのではないかと思います」
刑務所には懲役刑を満期まで勤めて出所する人と、刑務所での生活態度等が評価されて満期前に仮釈放が認められる人とがいる。仮釈放を受けた人のうち35%が、帰る場所がないなどの理由から自らの希望によって更生保護施設にやってくる。
そのプロセスは次の通りだ。
まず仮釈放をもらうには、受刑者に改悛(かいしゅん)の情が認められ、帰住先(身柄の引き受け)があることが条件になる。そのため、帰る場所のない受刑者は、行きたい都道府県の更生保護施設の希望を提出する。
次に、その都道府県の施設の職員が刑務所へ行き、受刑者と面接をし、資料も参考にして受け入れが可能かどうかの判断をする(最近はオンラインの面接も実施)。そこで晴れて帰住先が決まれば、今度は仮釈放のための面接の土台に上ることになり、今後の社会復帰の道筋などを確認されてから、更生保護施設へ行くことになる。
仮釈放の期間、保護観察が必要であるため、彼らには委託費が支給される。この期間に、彼らは更生保護施設の支援を受けながら、仕事を探す、アパートなど住居を探す、生活のリズムを整える、病院で必要な治療を受けるといったことを行うことで、自立の道筋をつけていく。
野口氏は言う。
「川崎自立会に滞在中は、生活のリズムを作って、仕事や住居を見つけることが基本になります。施設内の生活ではいくつかルールが設置されています。飲酒は禁止、外泊は施設内での生活にまずは慣れてもらうという理由で原則入所1カ月は禁止でそれ以降は申請制、門限は午後10時、開門は5時です。ルールを破った場合、始末書を書かせた上で、保護観察所へ行って指導を受けることになります。トラブルの中でも傷害や窃盗など事件性がある場合は、仮釈放が取り消されて、もう一度刑務所に収監されることになります」
仮釈放は、受刑者に更生や社会復帰の機会を与えるために設けられた制度だ。それを踏みにじるような行為をすれば、取り消されるのはやむを得ないことだ。
では、ここで人々はどのような食生活をしているのだろう。野口氏は話す。
「更生保護施設では決められたルールと予算の中で食事を提供しています。ただ、国には約2カ月のうちにある程度収入が得られるという想定があるらしく、原則として少年と働けない高齢者以外は、その期間しか食費が出ません。1日の食費は1人あたり1290円となっています。
川崎自立会では、朝食と夕食は外部の企業に委託して調理してもらったものを提供しています。昼食は、みなさん就職活動などで外に出ていることが多いため、施設内では用意せず、それぞれに現金を支給して自分で買って食べるように頼んでいます。食費が出る期間や金額は、その地域によって若干の違いがあるようです」
とはいえ、物価高騰の時代では、1日当たりの食費が1290円というのはかなり厳しい。現実に必要なカロリー摂取すら難しくなる可能性がある。そこで川崎自立会は別の予算をやりくりすることによって、食費の不足分をなんとか補填(ほてん)しているのが現実だという。
国が予算を簡単に上げない裏には、こうした厳しい生活が嫌なら、早く更生保護施設を出て自立しろというメッセージもあるのかもしれない。ただ、それが吉と出るか凶と出るかは別の話だろう。
更生保護施設の待遇に期待せずに素早く仕事を見つけて出ていく者がいる一方で、仮釈放してもまともな食事にありつけないことに落胆し、社会復帰の意志をきちんと持てなかったり、金欲しさに犯罪に手を染めたりする者も一定数存在するためだ。こうすれば確実に更生できるという答えがないのが、難しいところだ。