【早稲田大学社会科学総合学術院教授・山田満さん】投票が「平和な日常」をつくる
2012年に行われた第46回衆議院総選挙以降、国政選挙の投票率は60%未満の低水準で推移している。こうした状況はなぜ続くのか――。今回、選挙監視団の一員として開発途上国などに派遣された経験を持つ山田満教授(早稲田大学社会科学総合学術院)に、監視団の役割、派遣先の人々の選挙に懸ける思いを伺うとともに、政治への関心を高めるためのヒントを聞いた。
強い意志で国づくり
――選挙監視団ではどのようなことを?
選挙の候補者が弾圧を受けていないか、政策を伝える機会が妨げられていないかの監視はもちろん、有権者に選挙公報がしっかりと行き渡っているか、皆が投票できるような仕組みが整えられているかといった手続きを管理する役割を果たします。選挙当日には、投票所に赴き、投票箱に不正な細工がされていないかを手作業で確認するほか、開票前には、投票箱が封印されたまま届いているかをチェックするなど、アナログで骨の折れる作業が続きます。私はタイに本部を置く監視団組織の国際NGO「Asian Network for Free Elections」の一員として、これまでに、アフガニスタンや東ティモールなど、15カ国以上で活動しました。
監視団は、各国の政府の要請があって初めて派遣されます。選挙は、国の在り方や方向性を決める重要な手続きですから、全てを自国で賄えるに越したことはありません。ただ、紛争後国家などでは政治が不安定なことが多く、自由で公正な選挙を行うための基盤が備わっていない場合がほとんどです。例えば、軍政から民政への移行を目指す選挙のケースでは、権力を握る軍政側の勢力が、自分たちに有利な結果を求めて不正を働いたり、対立候補に圧力をかけたりしやすい構図が生まれます。そのため、その国の政府が、国連や国際NGOに依頼し、利害関係のない第三者による監視を求めるのです。
監視団は選挙が終わると、その過程を評価してプレスリリースを発表します。これにより、選挙が公正に行われたことを国内外にアピールできますから、政府は正統性や信頼を背景に、国際社会からの援助を受けやすくなります。
――諸外国での活動で印象に残る出来事は?
投票用紙に候補者の氏名を書く日本とは違い、ミカン、リンゴ、鍋、やかんなど、有権者に身近な品物の絵が印刷された投票用紙が使われ、それに釘(くぎ)で穴を開ける、はんこを押す、ボールペンでチェックするといった方法で投票を行う国が多かったことです。これは、読み書きができない人を取り残さないための工夫です。こうした国では、政策を訴える際も立会演説が多く、時にはラジオなども利用されます。候補者は自分のシンボルマークを定め、そのイラストなどを掲げて演説します。読み書きが難しい有権者に配慮を尽くす姿勢は、有権者たる国民を巻き込み、皆で国の将来をつくるんだという強い意志を感じました。
もう一つは、紛争直後の東ティモールでの出来事です。選挙当日の朝6時前、私は現場を監視するために投票所へ向かいました。すると、投票開始まで数時間はあるだろうというのに、多くの人が列をなして待っていたのです。皆、おしゃれに着飾っていて、監視団のメンバーに向けて親指を上げるジェスチャーや、ほほ笑みなどで歓迎してくれました。きっと、彼らにとってこの選挙は、ずっと待ちわびていた平和をかみしめる機会だったのだと思います。その姿から、〈平和な日常が今後も続いていくように、この一票を行使するんだ〉という熱意が感じられ、私も今日一日頑張ろう! と力が湧きました。これらの経験は紛争後国家の選挙では共通しています。