バチカンから見た世界(15) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
シナイ半島で勢力強めるイスラーム国
4月20日付のバチカン日刊紙「オッセルバトーレ・ロマーノ」は1面で、エジプトのシナイ半島で聖カタリナ修道院に向かう途上に設置された政府軍の検問所が攻撃され、3人の警官が死傷したと報じた。事件後、「イスラーム国(IS)」を名乗る過激派組織が、犯行声明を出した。
2002年にユネスコから世界遺産に指定された聖カタリナ修道院は、現存するキリスト教修道院の中で最も古い。『旧約聖書』の「出エジプト記」に記されているように、神の民をエジプトから約束の地へと導くモーゼが、炎となって現れた神と出会ったシナイ山の麓に位置する。「アブラハムの宗教」といわれる3宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)に共通の宗教遺産だ。聖カタリナ修道院は、キリスト教に改宗したローマ帝国のコンスタンティヌス一世の母・聖エレナが西暦328年に建立した小さな礼拝堂を起源にする。修道院内には、ビザンチン古代のアイコンや膨大な古文書のコレクションがあり、イスラームの預言者ムハンマドの直筆とされる古文書も保存されている。
バチカン日刊紙は同22日、エジプト軍が聖カタリナ修道院の検問所攻撃に対する“報復措置”として19人のテロ首謀者を殺害したと続報を掲載。この中で、「この4年間、シナイ半島の北東部は、『イスラーム国』と呼ばれる過激派組織と結託する聖戦主義者たちが展開するゲリラ戦争の舞台になっている」と解説した。
これに先立つ9日、エジプト・タンタとアレクサンドリアで発生したコプト正教会に対する爆弾テロの容疑者は、シリアで戦闘経験のあるISのフォーリン・ファイター(シリア人以外の外国人戦闘員)で、帰国後にシナイ半島の聖戦主義者のグループに加わったものと推定されている。同11日付のイタリア紙「ラ・スタンパ」は、シリアのラッカとイラクのモスルでISは各政府軍に包囲されているが、IS最高指導者のバグダディ容疑者が敗退後の戦略を練っていると伝え、「シナイ半島を中東全域にテロ攻撃するための“飛躍台”にしようとしている」と分析した。
荒涼とした砂漠、山岳地帯であるシナイ半島に隠れ、市民や軍事拠点にテロ攻撃をかけ、アラブ各国の政権に揺さぶりをかけようとするISの勢力は、3000~4000人の戦闘員を数えるとされる。「ラ・スタンパ」紙は、その勢力は「無視できない軍団」と説明。一方、1978年、米メリーランド州にある大統領山荘(キャンプ・デービッド)でカーター米大統領の仲介で行われたエジプトとイスラエルとの和平合意によって、シナイ半島では広域にわたって非軍事化が進められ、掃討作戦を展開するエジプト軍にとっては悩ましい状況だという。
シナイ半島のISは、「コプト正教会はわれわれの格好の餌食」と発言し、同半島のみならずエジプト全土でコプト正教会をテロ攻撃の標的にしている。カイロにある教皇庁アラブ語とイスラーム文化研究所所長のムブティア神父は、「国内のさまざまな共同体を対立させて、社会を分裂させることを目的にしている」との見解を述べている。社会を構成するさまざまな人の絆をテロ攻撃によって引き裂き、シナイ半島でIS掃討作戦を展開するシーシ政権を揺さぶることが目的なのだ。それゆえ、テロの事件後も、「エジプト国民の一致」を訴えるコプト正教会、諸宗教対話による和解と和平を訴えるバチカンとイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」(カイロ)、さらに、ローマ教皇フランシスコをエジプトに招待するシーシ大統領の行為は、ISにとって憎悪の対象になる。
同28、29の両日、アズハルで「諸宗教者平和会議」が行われる。教皇や東方正教会のバルトロメオ一世・コンスタンティノープル総主教が出席する予定だ。立正佼成会から庭野日鑛会長の名代として川端健之理事長が出席する。