【上智大学教授・根本敬さん】クーデターから7カ月 今、ミャンマーは

ミャンマーで国軍がクーデターを起こしてから、9月1日で7カ月が経過した。クーデター直後は連日、市民による抗議デモが各地で行われたが、国軍が武力で封じ込みに乗り出し、現在、表立った抗議は減ったと伝えられる。一方、新型コロナウイルスの変異株が猛威を振るい、感染拡大が続いている。ミャンマーの近現代史が専門で、政治に詳しい上智大学の根本敬教授に同国の現状を聞いた。

「国軍がある限り、わが国に未来はない」 希望を持って不服従運動を続ける国民

――クーデターから7カ月、国内はどのような状況ですか?

暴力的に政権を奪った国軍に対し、当初は市民による抗議デモが各地で展開されました。国軍はすぐに弾圧に乗り出し、今、人々が表立って抗議活動を行うことは減りました。国民を武力で抑え込む国軍への人々の憎しみは増し、国軍に対する不服従運動(CDM)が今も続いています。

特に、大学の教員を含めた15万人以上の公務員が出勤せず、解雇されました。彼らの生活は苦しくなったはずですが、妥協する姿勢は一切見せていません。

一方、国家機能を担う15万人の公務員が抜けた穴を埋めることは容易ではありません。銀行も十分に機能しておらず、世界銀行の予測では、2021年の経済成長率はマイナス18%で、1929年から始まった世界恐慌における当時の主要国の落ち込みよりも深刻です。加えて、ドルに対して現地通貨チャットが大幅に下落しているにもかかわらず、中央銀行が高めの交換レートを強制しており、経済的信用を失う危険性が高まっています。進出している外国企業からは、撤退を考える声も出始めています。
 
――人々の暮らしは?

日常生活品の買い物はできるようですが、社会の混乱と国家機能の低下で、不便な暮らしを強いられています。そこに、新型コロナウイルスの感染拡大が重なりました。

これまでの公式の死者数は1万5000人前後となっていますが、実際は10万人以上といわれています。死者数だけでなく、感染者、発症者、重症者も全て公式発表の10倍ぐらいいると考えられます。原因は感染力の強いデルタ株の蔓延(まんえん)に加え、人々が病院に行かない、行っても十分な治療が受けられない状況を生み出したクーデター政権の責任だと言えます。すなわち人災です。

不服従運動の中心の一つが国立病院で、医師、看護師などの医療スタッフが常に不足しています。多くの人々は彼らの運動を支援しているため、病院には行きません。重症化した場合はやむなく入院しようとしますが、十分な治療は受けられません。一方、民間病院には医薬品が乏しく、入手できたとしても国軍に奪われてしまいます。クーデター前のアウンサンスーチー政権時には、多くのボランティアスタッフが公衆衛生に協力し、有効な手だてを打てていたのですが、今はそれもできなくなりました。

――多くの国民は今、何を思っているのでしょうか?

国民の間で、「国軍を許さない」という気持ちが高まっています。目に見える形での抵抗は減りましたが、軍の指示には従わない、拒否するという姿勢です。これが衰えることなく続いており、国軍にとっては想定外のはずです。

1988年の民主化運動時に国軍がクーデターを起こした時には、「国軍は悪い連中に乗っ取られているだけだから、国民が真剣に訴えれば、内部から立て直す人が出てくる」という期待が、国民の間に少なからずありました。当時のデモで「独立の父」アウンサン将軍の遺影を掲げたデモがあったのは、その証拠だと言えます。

しかし、今回はそうした様子はありません。民意を無視したクーデターと残虐な市民への弾圧を体験した人々は、「クーデター前の状況に戻れたとしても、国軍がいつまた暴力的に政権を掌握するか分からない」「国軍がある限り、わが国に未来はない」と考えるようになったのです。多くの人々は「新しい国をつくり、軍もつくり直さなければならない」と思うようになりました。

従って、新しい民主的な連邦国家を建設するしかないという考えに多くの国民は至り、7カ月経った今も不服従運動が続いているのはそのためだと言えます。特にZ世代(90年代半ば以降に生まれた世代)の若者にその考えが強く、命がけで抵抗運動を続けています。

国民は今回のクーデターを機に、軍が政治に関与することが当たり前だったこれまでのミャンマーの深刻さに気づきました。また、多くの人々が少数民族の権利向上の必要性を理解し始めました。ミャンマーは多数派のビルマ民族(バマー)のほかに、100を優に超える少数民族がいる多民族国家です。多くの人はこれまで「少数民族の武装勢力が国を乱している」という国軍の言い分を信じ、彼らへの弾圧を事実上黙認してきました。

しかし、自分たちが国軍による暴力を経験することを通じて、少数民族の人々への同情が湧いてきました。さらに、これまでのミャンマーが多数派のビルマ民族の無理解の上に、国軍が少数民族を抑え込む「まやかしの連邦制」だったと気づく人が増え、少数民族の権利を保障した真の連邦制(フェデラル連邦制)の国家につくり直さなければならないと考えるようになったのです。国軍に対抗する並行政府として「国民統一政府」(NUG)が組織され、今、国民の圧倒的支持を集めています。NUGはまさにこの考えを土台にしています。

ミャンマーは大変厳しい状況にありますが、国民は生活が苦しくなっても自国のつくりかえへの希望を持って根強く行動しているとも言えます。そこに希望を見いだせます。

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