【国連WFP日本事務所代表・ 焼家直絵さん】「なくても与える」――私たちが今、学ぶべき大事な共助の精神
世界最大の人道支援機関である国連世界食糧計画(国連WFP)。立正佼成会一食(いちじき)平和基金も国連WFP協会を通じて長年、食糧支援などに協力している。紛争、自然災害による食料危機が起きた際に、いち早く現地に向かい、支援を行ってきた。その実績が評価され、昨年、ノーベル平和賞を受賞した。その授賞式でも、デイビッド・ビーズリー事務局長は、この時も世界では飢餓が起きていると警告を発した。新型コロナウイルスが流行する中で、世界の現状はどうなっているのか――国連WFP日本事務所の焼家直絵代表に話を聞いた。
学校給食で栄養状態が改善 教育を受けて将来への夢も
――今、世界の飢餓状況はどうなっていますか
国連WFPをはじめ国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)など国連の5機関が共同でまとめた「世界の食料安全保障と栄養の現状2021」によると、2020年の飢餓人口は、前年と比べて1億6000万人近く増えて、最大で8億1100万人に上りました。世界では10人に1人が飢餓状態ということです。特に、減収や失業によって、急性食料不安に苦しむ人は2億7000万人で、予断を許さない状況が続いています。
――減り続けてきたはずの世界の飢餓が増加しています。なぜでしょう?
人口が多い中国やインドの経済成長により、両国での状況が改善したのが、世界全体の飢餓人口を減らした要因です。しかし、2014年から増加傾向にあります。中東やアフリカなどで飢餓が増えています。原因は大きく分けて三つあります。
第一の原因は、紛争の増加や激化です。紛争が続くシリアやイエメン、南スーダン、ナイジェリア北部は深刻な急性の飢餓に直面しています。紛争の大半は政治的民兵や国際テロ集団などによって発生しています。紛争が長期化する中東やアフリカでは、多くの人が家を追われ、キャンプ地などで暮らしています。
次に、気候変動による異常気象です。近年、世界各地で干ばつや洪水が起きていますが、これは、頻繁に発生するようになったエルニーニョ現象(※注)の影響といわれています。海面水温の上昇により、ある地域では本来降るはずの雨が降らなかったり、一方、別の地域では記録的な降水量をもたらしたりして、干ばつと洪水が繰り返されるのです。アフリカのマダガスカル南部では厳しい干ばつが3年連続で続いたことで農作物が採れず、114万人が深刻な食料不足に陥っています。
第三に新型コロナウイルスの影響です。社会保障制度が不十分な開発途上国では、多くの国民がコロナ禍で所得の減少や失業に見舞われています。加えて、航空便の減少や移動制限で食料が届かなくなってもいます。
特に低所得国は深刻な状況です。社会保障制度が全くない中で収入が減り、都市部でも飢餓に苦しむ人が増えています。エチオピア、マダガスカル、南スーダンやイエメンなど、ほぼ飢饉(ききん)の状態にあり、緊急の人道支援なしには約4100万人が餓死する恐れがあります。
――食料の緊急支援だけでなく、人々の自立支援や子供たちの学校給食支援などに取り組んでいます
国連WFPは、緊急支援はもとより、開発支援も同時に行っています。過酷な状況にある人たちを救援し、自らの力で生きていけるように支援することが重要で、この二つはどちらか一方が欠けては成果を上げることができない、車の両輪のような関係だからです。紛争地の貧しい人たちは、生活の自立に向けた道筋が明確に描けないと、テロ組織に加担するようになったり、移民や難民として大量に越境したりしてしまいます。それがひいては地域の安定を揺るがす危険な事態を招きかねません。
そこで国連WFPでは、食料を届けるだけでなく、学校給食や職業訓練など自立に向けた支援を行いつつ、インフラ整備など社会の基盤づくりに努めています。
活動の柱の一つは、学校給食支援です。開発途上国では、生活が苦しいために子供は労働力とみなされ、学校に通わせてもらえないことがあります。
学校給食はこうした状況を改善するためにとても有効です。学校に行けば子供たちは食事を取ることができる――これは、親が子供を学校に通わせる動機づけになります。子供たちは、学校給食によって栄養状態も改善され、しかも教育を受けることで、将来に夢を抱けるようになり、その可能性が大きく広がっていくのです。
国連WFPは昨年、60カ国の1500万人に学校給食を提供しました。さらに65カ国3900万人の子供たちが、国連WFPの支援を受けて国の事業として行われる学校給食の提供を受けています。飢餓をなくし、貧困をなくすために、人を育てることが重要で、この取り組みはその一つと言えます。
――世界には、全ての人を賄うだけの食料があるのに、飢餓人口が上昇しています。一方で先進国では、食品ロスが社会問題となっています。食の不均衡を解消するために私たちができることは?
国内の食品ロスは減少傾向にあるとはいえ、年間612万トン(17年度)に上ります。これは国連WFPが年間で支援する食料の1.5倍に当たります。家庭でフードロスを減らすには、食品や食材を買う時にどれだけ無駄を減らせるかがポイントとなります。たとえ小さな行動であっても、一人ひとりが意識を持って取り組み、続けていくことで大きな削減につながります。また、コロナ禍で生活困窮者が増える今、今後は「フードバンク事業」なども、ますます重要になってくるかもしれません。
(注)太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象
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