頭をメッカに向けて葬られたい――イタリアのムスリム(バチカン記者室から)
イタリア国内で生活するムスリム(イスラーム教徒)の総数は2018年時点で、約260万人とされ、総人口6048万人の4.3%に上る。
ムスリムの56%が外国籍で、その多くが長期滞在者であり、2世や3世の人口も増えている。彼らはイタリア語を話し、公立学校で教育を受け、同国の文化の中で生活してきたムスリムの子供や青年たちだ。と同時に、移民としてイタリアに来た1世たちが高齢化し、自分の子供たちが生活するイタリアで生涯を終えたいと希望する人も増えている。
同国政府は、外国籍のムスリムたちの状況を考慮し、少なくとも国内で生まれた子供たちには国籍を与える法案を検討していた。だが、その後に移民やムスリムの排斥を訴えるポピュリスト政権が成立したこともあり、実現には至っていない。
今年2月から同国で感染が拡大した新型コロナウイルスは、ムスリムたちにも大きな影響を与えた。感染拡大前、国内で亡くなった外国籍のムスリムは出身国で埋葬されるケースが多かった。しかし、同ウイルスの世界的な流行により、各国の国境は陸路、海路、空路ともに閉鎖され、ムスリムたちは遺体の搬送ができなくなったのだ。北イタリアの都市ブレシアで、マケドニア人の母親を同ウイルスによる感染症で亡くしたヒラ・イブラヒムさんは、近くにムスリムの墓地がないため、棺(ひつぎ)を自宅で十数日間も保管せざるを得なかった。こうしたケースが国内で続出した。
ムスリムには、死者の頭をメッカの方角に向けて埋葬するなど儀式の規定がある。カトリック教会の慣習に従って設計・建設・経営される公共墓地に、ムスリムを葬ることは不可能だ。
こうした埋葬儀式の特殊性を考慮し、公共墓地内にムスリム専用の埋葬区域を最初につくったのは同国北東部のトリエステ市で、1856年のことだ。ローマでは1974年、フラミニオの公共墓地内にムスリムの埋葬区域が設けられた。だが現在、国内の約8000市町村で、ムスリムの埋葬区域がある公共墓地は58にすぎない。
イスラーム共同体は同国で、カトリック教会に次いで2番目に多い信徒数を誇る。ムスリムの代表者らは政府や地方自治体に、「公共墓地にムスリムの埋葬地区をつくり、死者を弔う場を私たちに提供してください」と訴えてきた。イタリア全国市町村協会(ANCI)のアントニオ・デカロ会長(バーリ市長)は、「ムスリム市民の主張は理解できる。この問題の解決策を見いだす時が来ている」と発言。内務省からも、「カトリック以外を信仰する市民に対して、尊厳のある埋葬を提供する必要がある。新型コロナウイルスによる非常事態宣言が出されていた間、人間の尊厳という観点から常にこの問題を考えてきた」との見解が示されている。
同国において、こうした問題の解決は国全体で図られるもので、最終的には「政府と特定宗教共同体の間で交わされる協約」によってなされるべきものとなっているが、国内のイスラーム共同体は宗教法人の認可を得ておらず、このことが政府との交渉を阻んでいる。宗教法人であるイタリア仏教連合(UBI)やプロテスタント教会は政府との協約をすでに成立させており、いずれはイスラーム共同体も宗教法人として認可され、それを機にこの問題の協議が始まるのではないだろうか。それまでは自身の信仰に沿い、メッカに頭を向けて地中に葬られたいという、信教の自由の一部を成すムスリムたちの願いは、同ウイルスの感染拡大による非常事態の中で、地方自治体の取り組みによって解決されていくことになる。
さらにこの問題は、イスラームが欧州に定着し、土着するという大きな命題をも示唆している。「文明の衝突」ではなく、「人類の友愛」という大きな視点に立って移民との共生が模索され、ムスリムの欧州への定住化が進むことを願う。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)