バチカンから見た世界(76) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
バチカンの多国間外交――人類に共通の起源と歴史、宿命
ローマ教皇ベネディクト十六世(現名誉教皇)は、3700万人にも及ぶ犠牲者を出し、人類史上で最悪の戦争となった第一次世界大戦を「無意味な虐殺」と呼んだ。その大量殺りくを繰り返すまいと誓った人類は、平和確立へ向けての多国間主義外交を推進していくために国際連盟を創設した。しかし、自国至上主義という同じ過ちを繰り返し、第二次世界大戦へと突入した。
ユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)、二度にわたる広島・長崎への原爆の投下という、人類史上、かつてない「絶対悪」を生んだのも第二次世界大戦だ。この反道徳的行為に満ちた世界を立て直そうと国際連合が創設され、人類は再び多国間主義の道を歩み始めた。だが、国連創設から70年以上が経過した現在、世界では、またも、自国第一主義が台頭。人類が夢見た世界平和の構築に欠かせない多国間主義が危機に陥っている。
その兆候は、各国で勢力を伸ばしているポピュリズムだ。失業などに苦しむ大衆の不安をあおり、移民や外国人排斥を唱えて支持を集め、中には政権を担当するポピュリズム政党も現れている。極右勢力と結び付き、より過激な発言で支持を集めようとする動きも見られる。自国第一主義を打ち出し、国境の壁の建設を安全保障政策の根幹に置くことも、その一つだ。
米国のトランプ政権は2月1日、ロシアと結んでいた中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を表明し、「『核なき世界』に逆行」(同日付の「共同通信」電子版)する姿勢を鮮明にした。翌2日付のバチカン日刊紙「オッセルバトーレ・ロマーノ」は、1面に『トランプの選択』と題する論説記事を掲載。「1987年にゴルバチョフとレーガンによって署名され、冷戦の終焉(しゅうえん)を告げた千里塚を消却」する行為として、トランプ政権の選択を批判した。
また同紙は、INF廃棄条約の破棄は「現政権が、国際舞台での米国の役割を大きく変えていこうとしている証拠である」とし、「米国は、これまでのような視点で世界を捉えることをやめたのであり、ホワイトハウスの政策から多国間主義が消えた」と論じた。さらに、トランプ大統領が主導する「関税戦争」「移民に対する新たな政策」「テヘランとの衝突」「北大西洋条約機構(NATO)との摩擦」といった一連の政策が、「“他国との真理、正義、能動的連帯、自由”(教皇ヨハネ二十三世の回勅「地上の平和」)の内にある真摯(しんし)な対話ではなく、国内の支持率の上昇、選挙基盤の安定だけを目的にしている」と指摘する。