ドライバーに捧げる「六波羅蜜」
9月21日から30日まで、秋の全国交通安全運動が行われます。警察庁によると、昨年の交通事故による死者は3694人で、昭和23年の調査以来最少を記録しました。事故死ゼロに向けて、ドライバーには今後も安全運転が求められます。スピードの出し過ぎ、前方不注意、飲酒運転……。事故の原因は、さまざまです。しかし、それらはいわば表面的な原因にすぎません。突き詰めて考えてみると、アクセルを踏み込ませたのは“心”の指令です。前方を確認しなかったのも、スピードの出し過ぎも全て“心”の働きです。この“心”を、ドライバーがほんの少しでも転換させていたら、事故は防ぐことができていたかもしれません。車は、文明の利器であると同時に、「走る凶器」です。私たちは、その凶器を日々運転しています。全国のドライバーの皆さんへ、心を込めて「六波羅蜜(ろくはらみつ)」の教えを捧げます。
〈1〉布施(ふせ) 「ドライバーよ、与えよう」
仏教には、誰もが生まれ変われる法として「六波羅蜜」が示されています。この教えは、ドライバーにとっても、大きな利益(りやく)を与えてくれる心得が示されているのです。
その第一は、「与えることを心がける」――つまり「布施」です。
車の運転には、さまざまなトラブルがつきものです。エンスト、パンク、脱輪……そんな人を見かけたら、ちょっと声を掛けてあげる、できる範囲のお手伝いをさせてもらう。身近な例では、他の車に道を譲る、逆に、道を譲ってもらった時、心からお礼のあいさつができる(和顔悦色施)。これらも「布施」にほかなりません。
- 『今年の1月、スーパーの駐車場でエンジンがかからなくなりました。その時、三十がらみの男性が、その人の車と私の車のバッテリーをブースターでつないで、エンジンをかけてくれました。名前を伺うと、「名乗るほどのことじゃないから」と。心の中はいつになく温かくなって。「私もあんな人になりたい」と心から思いました』(Y.Mさん・41歳・女性)
- 『狭い道で長距離トラックと行き合いました。長時間の運転でイライラしているだろうと思って道を譲ろうとしたら、向こうが先に譲ってくれたんです。疲れていただろうに、それでも譲ってくれたと思うと……。譲り合いの精神で安全運転していかなければと教えられました』(S.Kさん・43歳・男性)
見ず知らずの人にかけてもらった思いやり。それはたとえ小さな行為であっても心に温かい灯をともします。「世の中には優しい人がいるなあ」「今日はすがすがしい体験をしたなあ」。そうした思いが胸にあふれた時、人は自分本位な運転、無理な運転はしないものです。また、それは同時に、「与えた人」の心をも広々と豊かにさせます。
「布施」は、名ドライバーになるための出発点と言えるでしょう。