「所得再分配」で、なぜさらに貧しくなるのか 庭野平和財団公開シンポジウム『“格差”を越えて』(1)

庭野平和財団による公開シンポジウム『“格差”を越えて』が3月4日、佼成図書館視聴覚ホール(東京・杉並区)で開催された。基調講演では、東京大学社会科学研究所の大沢真理教授が、日本社会を覆う経済格差の実情について統計データを基に説明した。発言要旨を紹介する。(文責在編集部)

世界的に高い日本の貧困率 ひとり親の苦しさ際立つ

グラフ1

厚生労働省の「平成25年国民生活基礎調査の概況」によると、国民の約6人に1人、さらに、ひとり親世帯では半数以上が「相対的貧困」状態にあります(=グラフ1)。1980年代には、65歳以上の貧困率の高さが目立ちました。当時、貧困問題の中心は、高齢者だったのです。ところが2012年以降、若者や子どもの貧困率が急上昇しています。

子どもの貧困について、「ひとり親」「成人2人以上、有業者2人以上」「成人2人以上、有業者1人」の3種の世帯に分けて調査した結果があります(「子どもがいて有業者がいる世帯の人口の相対的貧困率」=グラフ2)。「成人2人以上、有業者2人以上」の世帯とは、主に共働き家庭を、「成人2人以上、有業者1人」は、お父さんだけが働いているような専業主婦世帯を想像できます。調査結果から、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、日本のひとり親世帯の貧困率の高さが、他国の追随を許さないほど突出していることが分かります。

グラフ2

一方、「成人2人以上、有業者2人以上」と「成人2人以上、有業者1人」の世帯を比較してみると、トルコと日本だけが両者に大きな差がありません。これは、「もう1人働きに出れば生活が楽になる」という見通しが持てないことを意味しています。働きがいがない状況とも言え、共働きをしても、相応に家計が楽になるわけではないということです。さらに、多くの国では、2人目が働きに出ると、貧困率は3分の1以下になりますが、日本やトルコではそうなりません。

こうした結果の背景にあるのが、「所得の再分配」の不備です。「所得の再分配」とは本来、収入から税金や社会保険料などを徴収し、それを国の社会保障政策の財源に充てて、働けない人や収入の低い人などに対する福祉の充実を図るものです。しかし、日本では、「所得の再分配」による貧困削減の効果が低いのが実情です。それどころか、「所得の再分配」が行われることで、かえって貧困でなかった人を貧困に陥れてしまっています。低所得の世帯では就業者が増えるほど、こうした「マイナスの効果」の影響が強くなります。これはOECD諸国の中で日本だけに見られる、異常な現象です。

グラフ3

なぜ、「マイナスの効果」が強まるのでしょうか。理由の一つに、所得に占める社会保険料負担の割合が、日本では所得が低ければ低いほど重くなるという性質が挙げられます(=グラフ3)。オーストラリア、イギリス、アメリカなどの国々では、子どもが2人以上いる「ひとり親」には、税金や社会保障費負担が免除されるだけでなく、児童手当のような現金給付などがあり、手厚く保障されています。ところが、日本では、健康保険や介護保険、年金などの社会保険料については、所得に応じて一定額を支払わなければならず、所得が低いほど、社会保険料の負担割合が高くなる設計になっているのです。そうした意味で、「日本の低所得者は社会保険料負担の重圧にあえいでいる」と言えます。

基調講演に立つ東京大学社会科学研究所の大沢教授

原因の一端は、税制の仕組みにもあります。日本では90年代初頭から、高所得者や資産家、法人に対し減税を繰り返してきました。その結果、国や地方の税収が低下し、財政難に陥っています。日本は、税や社会保障の面で、高所得者を優遇し、応分の負担を課してこなかったため、低所得者を手厚く保障する財源が乏しく、低所得者を支える仕組みを整備することもできないというのが現状なのです。

貧困の克服が社会全体に与える影響は大きい

最後に、ある興味深い調査研究を紹介します。各国の相対的貧困率と、社会における信頼度について調査したもので、「相手を信頼できるか」という質問への回答を分析したものです。全人口における相対的貧困率が6%以下のデンマークでは、70%以上の人が「人を信頼できる」と回答しました。一方、相対的貧困率が14%以上(2005年の数値)の日本では、「人を信頼できる」と回答したのが、デンマークの半分以下、30%を切る数値だったのです。この調査研究から、貧困率と社会的信頼度は反比例することが分かってきました。

近年、社会的信頼度が「災害レジリエンス」と密接な関わりがある、という研究結果が示されました。「災害レジリエンス」とは、「逆境に直面したとき、それに対応し、克服していく力」という意味で使われる言葉で、近年は「防災力」のような指標で語られます。

例えば、一定の災害が起きた場合の死亡率の低さ、人口回復速度の速さなどを指します。これが、社会的信頼度が高い地域ほど、災害レジリエンスも高く、これ以外の社会的指標に対しても、ポジティブな結果につながることが分かっています。このように考えると、貧困を克服することは、貧困の当事者だけでなく、恵まれた人にとっても、積極的に取り組むべき大きな課題であると言えるのです。

相対的貧困率

その算出方法を記して説明する。
(1)まず世帯収入から、すべての国民一人ひとりの手取り所得を計算する
(2)その金額を並べ、真ん中の額(中央値)を出す
この中央値の半分の額に満たない人の割合を相対的貧困率という。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、2012年度の中央値は年間収入244万円となり、その半分の122万円が貧困ラインになる。現在、国民の6人に1人がこれ以下の収入で暮らしていることになる。

庭野平和財団公開シンポジウム『“格差”を越えて』(2)に続く